東京の桜は散ってしまった。
その後は新緑がまぶしい。うちの庭も、ご近所の庭や生垣も、花でいっぱいの季節がやってきた。
冬の間、花を付けて楽しませてくれたパンジーやビオラも春の日差しは格別らしく、張り切って「もうひと花咲かせましょう!」と鉢から身を乗り出している。
人間たちは地震や原発問題で揺れているけど、自然はそんなことに関係なく新しい季節を謳歌している・・・と、思っていた。
でも、ちょっと違った。
3月11日の大地震の後、2匹いる外猫の兄妹の妹アキちゃんがいなくなった。
この兄妹は外で生まれたが、外猫のお世話係のお婆ちゃんがマンションの裏に猫マンションを作って住まわせていた。
うちは、兄妹にとって、いわばセカンドハウス。
前にも書いたが、お隣のボス猫が天寿をまっとうしていなくなってから、兄猫のハルちゃんがうちの庭を自分のテリトリーに決めたらしい。
ハルちゃんは、ムーミンみたいな体型で性格もおっとりして甘えん坊。
お兄ちゃんの後から付いてきたアキちゃんは、人見知りで慎重な性格らしい。
中々の器量良しで、妹が可愛がるのでだんだん慣れてきたみたい。
暖かい日は2匹揃って、うちの物干しのある屋根でのんびりお昼寝。
大地震があった日も、そんな風にしていたらしい。
うちは石垣の上に建っているので、凄い揺れかただった。
地震の直後、アキちゃんが物凄い形相で前の道を走って行くのを妹が見た。
そして行方不明になった。
お世話係のお婆ちゃんが心配して探して歩いたが見つからない。
いったい何処へ行っちゃったんだろう・・・
数日後、アキちゃんが出てきた。
何故かお腹の辺りが泥まみれで、それが乾いてカパカパになっていた。
器量良しが台無しだ。でも怪我はしていない。
もしかしたら、地震に怯えてずっとどこかに潜んでいたんじゃないだろうか。
やれやれ・・・と胸を撫で下ろしたのも束の間、大きな余震の後、今度はハルちゃんが姿を消した。
また、お世話係のお婆ちゃんから問い合わせがあり、皆で探し回り、やっぱり見つからない。
アキちゃんと違ってハルちゃんは、その体型が示す通り無類の食いしん坊。
それなのに何処にもご飯を食べに来ないのは、おかしい・・・
妹は私ほど猫修行が出来ていないので、絶望的な顔つきで気もそぞろ。
そんなある日。
この春一番の暑さになったので、花に水をあげようと庭に出た。
暖かい日差しが庭一面に降り注いでいる。
パンジーもビオラも、冬を越したラベンダーもブルーサルビアも、ピンクのマーガレットも、みんな元気に花を開いている。
でも、ふと気が付いた。
いつもなら煩いくらいに鳴き交わす鳥の声がしない。
ご近所さんが鳥たちにとパンくずを撒いているので、朝から晩まで家の周りは雀の姿が絶えることがない。
道の脇のネズミモチの大木はヒヨドリたちの待機場所。
そこにカラスも加わって、新しい季節は毎日鳥たちのお喋りが絶えない。
それなのに、その日は鳥たちが一羽も姿を見せないのだ。
猫もいない。鳥もいない。人影もない。風さえソヨリとも吹いてこない。
柔らかな日差しと花に囲まれて、いつもならのんびりした気分に浸れるのに・・・
何故かその日の静けさは不気味だった。
これじゃ、まるで「沈黙の春」だ
数日後、ハルちゃんが姿を現した。
ひと回り小さくなって、身体も汚れている。
アキちゃんと同じように、地震に怯えてどこかに潜んでいたんだろうか。
妹は、ハルちゃんがいなくなってから落ち込んでいたが、探す術もないので・・・
自分の携帯の待ちうけをハルちゃんの写真に変えてみた。
それをじっくり見ようと携帯を持ちかえた、その時、外でニャアと声がした。
飛び出してみると、ハルちゃんがいた・・・と妹は興奮気味に話す。
実は妹には話してないけど・・・
ハルちゃんがいなくなる前の日に、私は自分の携帯のデーターファルダを整理して、
ハルちゃんの写メを何枚か削除したのだった。
姉が消して妹が呼び出したハルちゃん・・・か?
笑い話で終わらせたいけど、あの日の不気味な静けさは今も心に焼き付いている。
「沈黙の春」を迎えないために、私たちは何をすれば良いのだろう。