会社へ行くために、いつものように地下鉄の改札を抜けエスカレーターに乗って最後の階段を上り地上に出た、と思ったらそこに猫がいた。

黒っぽい長毛の大きな猫が、うずくまっている。

こんなに人通りの多いところに、おかしいな?と思っていると、すれ違って姿は見ていないけど若い男の人の声で、連れに話しているのか

「この猫、いつもここにいるよなあ」

という声がした。

私は毎日この地下鉄出入り口を使っているけど、今まで一度も猫なんて見ていない。どんなに人に慣れていても猫は忠犬ハチ公と違う。こんなところでうろうろしているのは変だ。

気になりながら、遅刻しそうだったので会社へ急いだ。

会社に着いても、気になって同僚に話してみた。

すると同僚たちは皆「そりゃ、ヘンだ!」という。

そして「気になるなら、もう一度行ってくれば?」といってくれた。

前にも書いたけど、この会社の人は皆生き物好きなのだ。

古いタオルを持って、もう一度行ってみると、あの猫がさっきの所でじっと動かない。

覚悟を決めて話かけながらタオルで包んで抱き上げると、大人しくされるがまま。大きな身体だと思っていたが、意外と軽い。毛が長いので分からなかったが、びっくりするほど痩せているのだ。

会社に連れて行きコンビニで缶詰を買ってきて食べさせようとしたが、食べない。

水も飲まない。

これは絶対、危険信号だ。


すぐに「ねこの病院」に電話すると、先生が「連れてくれば?」といってくれた。

社長に訳を話し、来たばかりの会社を後に、タクシーで病院へ直行。

病院に着くと手短かに保護した経緯を話して、猫を預けた。

夕方迎えにくるまでに検査や治療をお願いして、また会社にトンボ帰り。

先生には多くを語らなくても、阿吽の呼吸で分かってもらえるのがありがたい。

「ここは任せて会社に戻って」といってくれた。


夕方迎えにいってみると、猫は少し回復していた。

栄養失調と脱水症状を起こしていたらしい。ひどい下痢もしていた。

このまま、連れて帰るのも不安なので、一晩病院にお泊りさせてもらうことにした。

こちらにも心の準備が必要だ。

病院から出てきたら、うちで引き取ることになる。

タケゾーにいって聞かせなくちゃ。でも、分かってくれるだろうか?

なにしろやたら大きい猫なのだ。


           馬 馬 馬

翌日は運良く休みの土曜日。

少しゆっくり朝ごはんを食べてから病院へ・・・

先生は、その猫を詳しく検査してくれていた。特別深刻な病気はなさそうだ、という。

黒と灰色が混じったようなボサボサの長い毛で、顔もちゃんと見えなかったけれど、

きっと色々な種類が入り混じった雑種なんだろうと思っていた。

ところが先生は「この子はスコティッシュホールドという種類の洋猫よ。それもかなりの純血種だと思う。」

と、いうではないの。


スコティッシュホールド???

この子がぁ???

スコティッシュホールドといえば、お日様みたいに真ん丸い顔で、耳がチョコンと折れていて、愛くるしい感じの猫じゃない?

目の前にいる子は、どうみてもヤサぐれたホームレス。

血統書なんかとは縁のない雰囲気だけど?


先生は怒り心頭という感じで、最近の猫事情を話してくてた。

このごろ思いつきでペットを飼って、引っ越していくときにゴミのように捨てていく飼い主が増えた、というのだ。

ぬいぐるみを買うのと同じ程度の気持ちで、見栄えの良い猫(犬も)を買い、インテリアの一部のようなつもりでいる。

マンションなどから引っ越していくとき、新しい住まいに会わないと思うのか、飽きたのか、ゴミのように捨てていく。

血統書があろうが無かろうが関係ない。

新しい飼い主を探す手間も責任もポイっと放棄して、引っ越していってしまう。

だからオクションといわれる高級マンションの周りには血統書つきの野良猫が彷徨っているのよ。

と、呆然とするようなことをいう。


この子は、多分そんなふうに捨てられて2ヶ月くらい経つ。

下痢の便から落ち葉やラップなど弁当の残りと一緒に食べたと思われるものが出てきた、とムネが潰れるようなこともいう。

ひもじくて、食べ物の匂いがする物は全部飲み込んでいたのだろう。


なんてこった!ひどすぎる!


多分そんな生活ももう限界に近づいていたのだ。

昨日保護されなければ衰弱してダメだったかもしれない。

自分でえさを探すような暮らしに慣れていないのだから。


さらに先生はもう一つ意外なことを教えてくれた。

「この子は、まだ若いわ。生後1年は経っていない男の子よ。」

何となく、ヨボヨボのお爺さんだと思っていたので、またビックリ!

その頃のタケゾーと同じ位の歳なのだ。

さてさて、どうなることやら・・・


             クマ  クマ  クマ

家に帰り着くと、カゴを見てタケゾーが興味津々、近づいてきた。

カゴを開け、黒い大きな猫が姿を現すと・・・

タケゾーは、目をまん丸に見開いたまま

「ほにゃほにゃほにゃ・・・」

と意味不明の声を上げた。今までこんな大きな猫をみたことがなかったんだろう。

和猫に比べると何もかも大きい。

尻尾だけでも縄のようだ。


タケゾーには、この新入りの子は、とても可哀想な身の上なのだから、仲良くしてあげてね、と話したけど・・・

事態は思わぬ展開を見せた。

この子は人間にはベッタリと甘えて、ついホロリとさせられるのだが、同類の猫を見ると表情が一変する。凶暴な野獣と化して襲いかかるのだ。

最初は、慣れないから小競り合いも仕方が無いかな、と思っていたのだが、実はそんな生易しいものではなかった。

何しろ身体が大きいので、本気で襲われたら和猫としてはかなり大きいタケゾーでも八つ裂きにされかねない勢いなのだ。

女の子のメイちゃんに対しても同じ態度。

猫を見るときのこの子の表情は、冗談ではなく「血も凍る」ような凶暴さなのだ。

それでいて人間には、おっとりと甘える。

そのギャップの凄さに、こちらも呆然とする。

追い詰められたタケゾーとメイちゃんは、1週間ほとんど洗濯機の上から降りることができなかった。

普段は仲の悪いタケゾーとメイちゃんが、このときばかりはピッタリ寄り添って恐怖に震えていた。


        おやしらず おやしらず おやしらず

この話を聞いて会社の社長が気の毒がり、自宅に引き取ってくれることになった。

社長と奥様は、自宅で何匹か障害のある猫を保護しつつ、毎晩車で近くの野良猫たちに餌をあげて回っている。最初のひと周りで餌を置き、ふた周り目に容器を回収し、掃除をして帰る。車とはいえ、何箇所も回るので、かなり時間がかかる。もう何年も続いている日課だ。

その子に仮の名前も付けてくれた。

うちの会社が広告関係の仕事をしているので、社名のアドバタイジングにちなみ


「アドちゃん」という名前。


社長宅に引き取られても、アドちゃんの本性は変わらず、

目の見えない老猫に襲いかかるところを、間一髪で阻止したという。

私の話が大げさじゃなかった、と納得した瞬間だ。

結局、他の猫と接触しないように別室で、ハーネスを付けて暮らすことになった。


人間にはこの上なく従順で、甘え上手なのだから・・・

アドちゃんを一匹で飼ってくれる人を探すことになった。

社長の人脈の多さからか、アドちゃんという名前が呼んだのか、某広告代理店の知人を通じて貰い手が現れたときは、ビックリ!

他の猫を飼っていないか、しつこいくらいに念を押した。


        クローバー クローバー クローバー

新しい飼い主さんは、他に猫を飼っていないどころか、生まれて初めて猫を飼う人だった。広告関係のバリバリキャリアウーマンで自宅マンションに住む優雅な独身貴族

だという。

初めて猫を飼うという人がアドちゃんみたいな、心身ともに個性的な子で大丈夫かしら?と、ちょっと心配した。


アドちゃんを貰いにきたとき、新しい飼い主さんは友達が運転するアルファロメオで社長宅に現れたとか。


・・・・・・・アルファロメオって、もしかして、高級外車の?

ワタシも乗ったことがないのに?

あの、アドちゃんが?


貰われていってもしばらくは、心配していた。

でもその後、嬉しい便りが届いた。

アドちゃんは、風ちゃん(ふうちゃん)という新しい名前を貰っていた。

今までずっと一人暮らしだった飼い主さんに新しい家族ができたのだ。

風ちゃんは、彼女が仕事から帰ってくるのを玄関で待ちかねて、あられもなく甘えまくるらしい。

「風ちゃんのお陰で人生観がかわりました」

という手紙とともに、貫禄のついた写真が送られてきた。

風ちゃんも、やっとオンリーワンの猫になれたのだ。


それにしても、風ちゃんの持っている運の強さには驚く。

地下鉄の入り口でボロボロになって保護されたのに、アルファロメオでお迎えに来る飼い主にめぐり会うなんて・・・王様か乞食か?極端な運らしい。


ワタシは外車に乗れなくてもいいから、普通の暮らしがいいな、なんて時々思う。          



空をみる人-アキちゃん食事中.jpg
たっぷりお食べ!   外猫 アキちゃん