メイちゃんがうちにやってきたのは9年前。

それまで家族だった猫が病気や事故で亡くなって、家の中はガランとしていた。

ある土曜日の昼下がり、急な坂を上って、行きつけの動物病院の前を通った。

それまで幾度となく猫を入れたキャリーバッグを下げて通った道だ。

そのときの切羽詰った気持ちを思い出すと、胸が痛む。

今はもう、この病院で診てもらう子はいないんだ・・・

病院の先生は、気さくな女医さんで、友達みたいだったけれど、もう用事もなくなった・・・

と、寂しい気持ちで病院の窓を見ると・・・


そこに「里親さん 募集」という張り紙と、天使のような小さな三毛猫の写真にゃー

張り紙を覗き込んでいると、土曜日の午後はいないはずの先生が飛び出してきて、ニッと笑った。

「可愛い子でしょ?今、面倒を見てる人がここに来てるの。」

間髪入れず、ドアから女子大生風の女の子が出てきて、嬉しそうにニコッと笑った。

つまり私はその日、猫の神様に襟首を掴まれて動物病院に連れていかれたってわけだ。


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これはポストカード  でも小さい頃のメイちゃんにそっくり!


聞いてみると、その子はかなり悲惨な状況で保護されていた。


家を売った人が、猫の親子を中に閉じ込めたまま引っ越していってしまったのだ。

近所の女子大生が保護したものの、彼女の家にはすでに犬も猫もおり、父上がこれ以上動物を飼うのを許してくれなかったらしい。

里親を探す間だけ、という条件で、その子は彼女の部屋で面倒を観てもらっていた。


そんな話を聞いて断れるはずがない。

それに天使みたいに可愛かったんだもの。


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今のメイちゃん 眠いところを無理に写した


それまで面倒をみてくれた女子大生は、今までの記録を写真やイラストにまとめたノートと手作りのぬいぐるみを渡してくれた。

家に来たのが6月の初めだったので5月生まれということにしてメイちゃんという名前になった。

ノートを見ると、小さなメイちゃんは女子大生の部屋で、ひとり取り残されるのがいやで、ドアをしきりに気にするようになったという。


キャリーバックから出て、初めてうちを見たとき、小さなメイちゃんは見知らぬ場所にびっくりして、出てきたばかりのバッグに戻ろうとした。

でも、慣れてくると、今まで一つの部屋しか知らなかったメイちゃんにとって、ドアで遮られず自由に走り回れる家は、まさにワンダーランドチョキ


愛くるしい様子といたいけな生い立ちで、みんなにチヤホヤほめられ、可愛がられて、有頂天になった。


しかし・・・

メイちゃんの性格がかなりエキセントリックだということも分かってきた。

とにかく攻撃的雷

たとえば、頭をなでられる右矢印興奮する右矢印目いっぱい咬む

この3段階の二つ目が省略されて・・・触られる右矢印咬む

さらに・・・何もされなくても、近寄ってきただけで、飛びついて咬む・・・


子猫は遊んでいるうちに本気になって、力の加減を忘れるものだが、猫に慣れている私がみても、ちょっとボーダーラインを超えている感じ。

甘咬みなんて生易しいものじゃない、全身全霊で咬みつくのだから。

まったりお茶を飲んでいると、テーブルの下から、いきなり足に飛び掛ってきて、食いついて離れない。流血の惨事が、いたるところで繰り広げられるようになった。


動物病院の先生に相談してみたが、結局生まれつきの性格という結論。

近親婚を繰り返した場合などに、極端な性格の子が生まれることが多いらしい。


ここに至ってあの土曜日、猫の神様が私の襟首を掴み、動物病院へ連れて行った意味が分かった。

メイちゃんは、うちに来ることが決まっていたのね。


もしも愛らしい容姿から、ぬいぐるみみたいに、ネコ可愛がりして暮らしたい人がメイちゃんを貰っていったら、多分持て余すことになるだろう。

長い間の猫遍歴、猫経験を重ねてきた人が、時間をかけて受け入れていく、メイちゃんはそういうタイプの猫だったのね。


そんな人間界のため息なんか、どこ吹く風台風

メイちゃんは、わが世の春を謳歌していたんだけど・・・


人生、いや猫生も簡単にはハッピーエンドにならないもの


ある日、藤沢で保護された雄の子猫がうちにやってくることになった。

突然のことでビックリしたけれど、子猫の命にかかわることなので、

考える暇もなく、キャリーバッグを持って途中まで迎えにいったのだ。


うちに帰ってきて、そっとバッグを開けてみたら・・・

子猫は爆睡していた。

なんとまあ、肝の太い猫だこと!


その子は目を覚ますと、生アクビをしながらバッグから出てきて・・・

周りの匂いをちょっと嗅いで・・・

それから椅子に飛び乗ると・・・丸くなって眠ってしまった。

まるでしばらく留守にしていた我が家にようやく戻ってきたみたい!

ヒョロリと足の長い、愛嬌のある顔つきの、人懐こい猫だった。


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これがタケゾー


ムサシという名前にしたかったけど、近所に同名の猫がいるというので宮本武蔵の幼名からタケゾーと名づけた。

動物病院で診察してもらったところ、身体は大きめだが、メイちゃんとほぼ同じくらいの月齢だとわかった。


この時のメイちゃんの心中は察するに余りある。

家なき子だったのが、やっと掴んだ栄光の座!


にゃーそれなのに、なになに・・・この変なヤツ!

態度はデカいし、身体もデカい。

ワタシの王国に入り込んでくるなんて、図々しいったらありゃしない!

誰が一番偉いか、教えてあげるわ!


メイちゃんは持ち前の凶暴な性格を丸出しにしてタケゾーに飛び掛っていった。

しかしタケゾーはチラッとメイちゃんを見て、フッと鼻で笑って(いるように見えた)

軽く身体を揺すると、それだけでメイちゃんは吹っ飛ばされてしまった。


・・・・???・・・


にゃーあら、どうしたのかしら、おかしいわね?


再度挑戦するメイちゃん

笑いながら体当たりするタケゾー

最初と同じように吹っ飛ぶメイちゃん


という攻防が何日か続き、とうとうメイちゃんは、タケゾーの体力と存在感には敵わないという事を思い知らされた。


タケゾーとメイちゃんは、何から何まで正反対。

水と油にたとえれば分かりやすい。

玄関のチャイムが鳴ると、人見知りが激しいメイちゃんは、すばやく身を隠す。

タケゾーは飛び出していって、宅配便のお兄さんにまで擦り寄ってお腹を出してサービスする。

おしゃべりなタケゾー、寡黙なメイちゃん

缶詰の好みから、寝る場所まで、まったく別々。


以来メイちゃんは「メイちゃんワールド」のただ一人の住人となり、引きこもりがち。

こんなに年月が経ってもお互い歩み寄ることもなく、我関せず。

どちらもオンリーワンになりたくて、なれないことが忌々しいらしい。


こんなに相性の悪い猫たちが生涯一つ屋根の下で暮らすのは何たる皮肉、と思いつつ・・・そういう縁も一つの縁、と思うのだネコにゃー