春が近づくといつも思い出す家がある。

前に住んでいた家の近くにあった、古い洋館とそこに続く庭のことチューリップ赤チューリップ黄チューリップ紫


昔は華族だったという一族のお屋敷。

広い敷地の片側はケヤキの大木が並んで並木道を作っていた。

引越してきたばかりの私は、敷地の境目にある細い坂道に心惹かれて、散歩にでかけた。

住宅街のすき間のような小さな坂道は、曲がりくねっていて先が見えない。

何かに出会いそうな予感クローバークローバークローバー


坂道の中ほどで、お屋敷のなかを覗くと・・・

開け放した門の先に古い洋館が見えた。

門からその家までは、「車寄せ」というのだろうか、ゆるやかなカーブの道が続いている。

玄関ポーチには木製のベンチが置かれ、ドアの横には軒から蔓で編んだような鉢が下がっていて、小さな花が入っていた。

家の周りは贅沢な空き地で、低い木や草が何となく生えている。

何もかもが、古びていてさりげなく、お互いにしっくりと溶け合っている。


私が特に心惹かれたのは、車寄せの道のところどころに咲いている薄紫の花だった。

チューリップより草丈が低く、木陰では黒ずんで見える、とても地味な花なのに、キリッと茎を持ち上げて存在感を示している。

無造作に植えられているようでいて、道の間に軽快なリズムができていた。

まるで門から玄関ポーチまでの道しるべのようだ。

夜になったら、黒い花びらの中に小さな灯りを燈すランタンになるのかも。



                      やや欠け月 三日月 満月

それがクリスマスローズという花だと、あとになって知った。


通りすがりの花屋さんで「クリスマスローズ」と札が付いた小さな鉢を見つけたときはちょっと心が躍った。

さっそく買って、小さな庭に植えかえた。

最初は小さな株だったのが、1年後にはしっかり根付いて、儚げな白い花を咲かせてくれた。

その後、大して手入れもしないのに、株はどんどん増えて、まだ寒さにかじかんだ冬の庭を明るい花で飾ってくれた。

年々花が増えるのが嬉しくて、花の前にしゃがんで数を数えたりした。


    ひとぉ~つ 黄色い花   ふたぁ~つ 黄色い花黄色い花  みっつ黄色い花黄色い花黄色い花


小さな蕾を入れて花の数が30を越えたときは、嬉しくなって思わずニッと笑った。

誰かが見ていたら、さぞやおかしな光景だっただろうな。

庭の片隅でうずくまって、必死に何かを数えて・・・

最後に一人でニッと笑っているんだもの桜


その家を引っ越すとき、クリスマスローズも持っていこうと思ったのに

固い土にしっかりと根を張った株は、なかなか掘り起こせなかった。

無理に引き抜いたら、根っこも茎もボロボロになってしまう。

仕方がないので諦めて、置いていくことにした。

本当は私だって、その街を動きたくなかったのだ。

そこでたくさんの人と出会い、猫たちとも知り合って

泣いたり笑ったり、数え切れない思い出ができた。


人間は色々な事情があって、気がすすまなくても動かなければならないが

その土地にしっかり根を張って、精一杯生きている植物は、そのままそこにいた方が良いかもしれない。

外猫は隣の友人宅に託し、2匹の内猫を連れて、その街を後にした。


                 かたつむりかたつむりかたつむり 

新しく引っ越した場所は実家のすぐ近く。

クリスマスローズのことが忘れられずに、また小さな株を買って実家の庭に植えた。

ところが、コイツは次の年に花を咲かせたものの、その後は何故だか花を付けない。

何が気に入らないのか、頑固にむっつり押し黙っている感じ。


同じ時期に妹が色違いの株を3つ、少し離れたところに植えていた。

こちらは順調に花を増やしていく。


専用の肥料や手入れなど一生懸命やったのに!ちょっと甘やかしすぎたかな。

今年の始め、真冬の庭にしゃがみこんでクリスマスローズに説教をした。


「ちょっとアナタ、何か勘違いしてない?今年も花を付けなかったら後はどうなっても知らないからね!」


ところがそれから数日後。

妹のクリスマスローズの中一つに目覚しい変化があった。

まだ固い土を押しのけて、いやに急いで花芽を出したのだ。

顔を近づけたら

「わっせ・・・・、わっせ・・・」

と声が聞こえてきそうなほど急いで芽を伸ばしている。


空をみる人-初咲きクリスマスローズ.jpg
急いで咲いた!    撮影  ミュー

まるで入学したての小学1年生が、身体に合わない大きなランドセルを肩に掛けて校門へ走っていくみたい。

茎も伸ばさないうちに、もう蕾を膨らませている。


もしかしたら・・・

この子は私が説教したのを横で聞いていて、自分が言われたと勘違いしたんじゃないかな。

そうだとしたら、ずいぶん気の毒なことをした。


今度から説教及び恫喝するときには、自分の花にだけ聞こえるようにメガホンでも使うか・・・ 


それにしても。

なんか、どこか違わない?

古びた洋館の主は、メガホン持って、花を脅して歩いたりしないよね。

ペットは飼い主に似てくるというけれど、憧れのクリスマスローズも、うちに来ると優雅に咲いていられないらしい。


クリスマスローズの花言葉は「追憶」だというけれど・・・


空をみる人-隣のクリスマスローズ.jpg
お隣さんのは優雅に咲いた   撮影  ミュー