はななぬか

私は友達が少ない。
......
ただ向こうはそう思っていなくても
私に勝手に友達認定されてしまっている
方々はいるのだけど...
私の友達の基準は優れていることだ。
優しさ、努力、特技、仕事、生命力
顔の作り、指先、料理、目標に向かって
行く力、意地
なんでも良いのだ。優れている事。
嘘、悪口、だらしのなさ(特に人間関係と
金銭)、過剰な自己顕示
こっちは頑張れば頑張るほど何かこう
...離れていってしまうので
スパイス程度で良いと思うのだけど
スパイスがメインディッシュに
なってるなと思ったら背中は追わない。
私にとって友達とは背中を追う人だ。
自分の前を走る人。滅多に横には並ばない。
追い付かないと感じるからだ。
だから...結局一目置いてしまう人が
私にとっての友達であり、そういう人とは
通常上手く交流出来ない
人生はレースだ
きっと走りきる時が来る。その時は独りだ
勝ち負けでは無く、どんだけ一生懸命
走ったか、良いタイムを出そうと
頑張ったかは、自分にとってとても大事。
誰かの背中を追うことがタイムを上げる。
敵わないと思ったらどんだけ敵わないか
やっぱり背中を追って走ってみる。
同じ事をやって見るということでもなくて
ただ背中を追う感じをイメージして
自分のことに邁進してみる。
今の私は駄目だ。
食っちゃ寝してブクブクで未病状態。
きっともう走れなくなった時 後悔する。
ずっと見てきた背中があった。
一つは勝手にゴールしてしまった。
背中を思い出す事しかもう出来ない。
もう一つは...見えなくなった
距離的にと言うか進行方向的に?
だから私はきっと止まった。
この止まってる時間を後悔しないで済む
ようにするには
別の沢山の前を行く背中をまた目指して
走るしかないんだろうと思う。
私にとって友達は前を走る人だから
誰と言われても中々、言えない。
音楽一歩...いや三歩くらい手前
カテゴリーを音楽と聴覚過敏を一緒に
してみた。
現状は極めてまずく
どうしようかな…焦っちゃ駄目だって
皆さん言って下さるけれど
先日相方のプレイヤーが私の超憧れの
ギタリストさんに協力を求めてくれました。
良いですね〜好きですね〜とか何にでも
書くよ、書くけど...
本当に好きな人の事は中々書けないし
ましてや言えないや
その方の音は雨のようで
私は雨の音が一番好きなのです
それはともかく
相方さんの音がちゃんと聞こえなくなって
(聞こえてないんじゃないかと気付いて)
一ヶ月とちょっと
ひょっとして去年からおかしかったのでは
いやもっと前からってなって...
もう消えちゃおうかなと思ってた。
多分これが原因かなって言うのがあって
もしそうならあまりにバカバカしく
ただメンタル面の事なら復旧可能か?とか
今はその辺りです
ギターの方に来て頂いたのは
ギターならば可か
ギターにダルシマーが乗ったら可か
などの検証のためです。
結果、スリーフィンガー?アルペジオ?は可
ギターにダルシマーが乗ったら、どんな
弾き方、条件であっても不可('・_・`)
歌ってない時は楽器の音は気持ち良く
聴こえて可 です
録音したものを聴く時も同じでいい感じで
進んでるのに突然ダルシマーが止まるのは
私が止めてって合図してるからなんだよなー
楽器に楽器が乗った状態で歌おうとすると
うーん...判っていたものが判らない
状態になります。
自分の音が無くなると、瞬時に何かが
切り替わる感じで
楽器どうしの合わさる音が美しく
聴こえてくるんですよね
キャパオーバーってやつなのか?
現状はそんな感じです。
これが原因かな...って言うのは音楽の事で
とても失望することがあったからです。
なのでそういうものを引き寄せないように
する事がこれからは大事だと...
復活前提に頑張っているので思ってます。
出来の悪い広告文を見るとホッとする。
あーいかにも...これじゃ買わないわ〜...
みたいなやつ
笑っちゃうほどしつこいやつとか。
むかーし
随分前にやめた会社の後輩から年賀欠礼の
ハガキをもらった。
お祖母様が亡くなって 普通の欠礼ハガキ
では無く、オリジナルにデザインされた
ハガキにお祖母様の人柄やその一生が
書かれていた。
とても...優しく綺麗で思いやり深い
書いた人のお人柄が滲み出るようなハガキ。
良い人だな...と思った。随分会っていない
けれど、在社中は良くお茶したし
その時のイメージと随分違った文面なので
お祖母様を敬愛されていたと感じた。
いつかまた、後輩に会ってみたい…
よし会おう!そう決めた。
しばらくぶりに彼女に会ってお茶する。
お祖母様の話しをしてみた。
「あー実は...私あんまりよく知らないのね」
は?
いやでも、喪中のハガキすごく...良かった
...って言うのも変だけど...良かったですはい
「あれは...そういう話しを聞いてハガキに
してみるのも良いかなあと思って」
いや実体験として書いてたじゃん
私の昔の勤務先は広告会社でした。
広告文を書くお仕事もあったけれど...
久しぶりにしばらく交流して見て
ああ...この人なら書くかなあ...と思った。
よーくよーく考えてみたら
(そこまで考えずとも普通判るか
)
そこまで想う人の事は文を書く人ほど
多分文にしない。
一旦心にしまい、違う形で違う機会に
美しく昇華させる気がする。
存命のうちにそんな手紙を本人にこっそり
渡して困らせるのはアリなのかも
取材してちゃんと文章にするのは或る意味
きちんとした正しいやり方なんだけど
その話しを聞いた時、彼女はすっかり
忘れており「...あ〜あれね〜」
みたいだった印象が良くなかったからかな。
こう言うところで書かれる文を見ていると
お人柄が出ていて本当に面白い。
一生懸命趣味に家庭に走り回るお友達が
あった事をそのまま書いてる。
忙しい中時間を作って几帳面に書いて
いるな〜
と思う。
コロナの中お仕事に打ち込む姿や活動を
分かりやすく報告する友人
ああCDまだ買ってない
と思う。
美しい身の回りを見せてくれる人
何が違う?
ああ、自分の日常を自分の言葉で書いてる。
商業文は違う。主語がボクでも私でも...
なんだろう、何かが違ってて
勤まらなかったと思うけどあの仕事
続けないで良かったな。
本当に強く想っている事と
思ってもいない事は書かない
仕事じゃなきゃ普通は多分、割とそうなる。
初めの大学病院で脳波検査をし、問題なし
とはなりましたが、この頃私は
治らない自家中毒のような症状に悩まされて
いました。
とにかく吐く。とても苦しい
そして自家中毒にしては年齢が行き過ぎて
いる感じがしてかっこ悪い
高校に入学して、よりにもよって修学旅行先で
前回のブログと同じ症状を起こし
やっぱり救急車で運ばれてしまいました。
吐く事と意識消失は何か関係あるのかと
親は心配したんでしょうね。
大きな脳神経外科にまた連れて行かれました。
学校が嫌いだったので張り切って休んだ
のを憶えています。
脳神経外科での検査結果は異常なし。
意識消失は気味悪いですが はた迷惑な
割に私は覚えていないし、痛くも
苦しくも無いので
吐き気の方だけ原因が知りたいと思いました
ここで内科に行っておけば…
父がたまたま何とかクラブみたいな
そこそこ事業とかやってる人が集まって
寄附したりなんだり
そう言うの大好きな人なんで('・_・`)
お医者さんもいっぱいいて
仲の良かった精神科の先生のとこ行って
みろって言われたんですよね。
父最高に成り上がってた時で飲み屋さん
なんかに家族連れて行くんですよ。
そこでその先生とも面識があったんです。
なので病院行ってみようかな〜って
これが間違いだった...
と言うより自分の運命だったんでしょうねえ
一番初めは、中学生の終わり頃だったと
思います。聴覚過敏の発症ではなく
そのきっかけとなって行く出来事です。
気が付いたら救急車乗ってて
うーん...救命士さんの記憶は全然無いの
ですけど降りる時に運転手みたいな
おじさんに
「親に心配、かけるんじゃないよ」
みたいに言われた事をはっきり憶えて
います。
え?ってなって。
「あ、私 自殺未遂したと思われてる?」
って。もう相当前だし、状況が状況なんで
車内での事はほとんど憶えていないん
ですけど...失礼だなあって(笑)
その時も何があったかは聞いたんでしょう
けど忘れてしまったので
かなりあとになってから改めて母に
その時何があったのか訊ねました。
母の答えは
私の部屋を見に行ったら様子がおかしい
声をかけたけれど反応がない
父を呼んで二人で声を掛けたが反応がない
父がブランデーを持って来てダイレクトに
口から流し込もうとする
慌てて止めて救急車を呼ぶ
と言った事であったようです。
意識は無いけれど痙攣等もなく、私は
涙を流していたそうです。
その前に家族間でのトラブルはなく
私も泣きながら寝るような心当たりは
なかったと思います。
多分車内で元気に目が覚めるか何かして
運転手さんにそんな事言われたのかな
でも救急車の運転手さんって救急隊の
人じゃね
でも救急車だったはず
そしてそう言う状態で見付かって病院に
運ばれたのは間違いないです。
運転手さんがそう言ったと言うのだけが
記憶違いかも知れません
運ばれたのは大学病院だったと思います。
何度か検査を受け、病気では無く
この年齢の特に長女の人にたまにある事
と思われる
と言った診断が出ました。
何だそりゃって感じですけど
一周まわってこれは結局正解だったのでは
ないかと思います。
ただここから、長い長い闘病生活を
迎えることとなり、結果として聴覚過敏と
なってしまいます。

