今日で東日本大震災から一年。
今日の14時46分になるまで、この一年間の間に「去年の今頃はまだみんな普通に暮らしていたのに・・・。」とよく思った。
そう思えばなんだかちょっとだけ現実から逃避出来るような気がして。
でも今日からはもう「去年の今頃は・・・。」って考えても震災があったという現実は変わらないんだと、やっと本当の意味で震災を受け止められるようになった気がする。
震災後いろんなことがあって、いろんなことを考えたけど、ブログに書いたりするのも何だか悪いことのような気がして一年放置してしまった。自粛したというか、喪に服したというか。
でも、人間は忘れっぽいから放っておくとどんどん忘れちゃう。
震災は悲しい出来事だったけど、それをきっかけにいろんな事を知り、いろんな事を考えるきっかけになったから、それを忘れないようにまたチョコチョコ書いておこうと思う。
震災当日、さっきーとピトチ、ヒカはいつも通りに会社と学校へ。
タツは風邪をひいていたので幼稚園はお休み、熱も高かったから朝からずっと眠っていた。
お昼を食べて、ウクレレの練習をしていたら地震が来た。
始めは小さな揺れ、段々大きくなって「これはヤバイかも?!」と寝ているタツに家具たぶつからないように支えて、「神さま助けてください!」と祈っていた。
棚から物が落ちて、キャスターのついた引き出しが飛び出して、本当に驚いた。
すぐに地震速報で確認。
震源が東北沖だったので、母方の田舎岩手の心配をした。
津波警報も出ていたけど、岩手に遊びに行くたびに親戚から「地震が来たら高台に行くんだよ。」とか、港や海岸に大きな堤防や水門があって、津波の時の避難路とかもしつこいと思うくらいあちこちにあったから、「あれだけ備えているんだから、もし津波が来てもきっと大丈夫。」と思っていた。
テレビを見ているうちに中学からピトチが帰って来た。
当時合唱コンクールで体育館にいた時に大きな揺れが来て、表彰式もそこそこ、すぐ下校指導が出たそうだ。
ヒカはまだ小学生だったから、タツをピトチにまかせて、歩いてヒカを迎えに行った。
途中、瓦が落ちていたり、植木が倒れたりしていた。
ヒカを連れて帰ると、テレビでは津波の被害や一部停電によって電車が止まっていることがニュースでずっと流れていた。
この時もまだ「明日になれば『地震大変だったねぇ』って笑って言い合えるよね?」って思っていた。
さっきーは会社から家の近くまで6時間以上歩いて帰宅した。
連絡もなかなかつかないので、無事に家に帰って来たときは本当にホッとした。
本当に疲れたみたいで、可哀そうだった。次の日もずっと寝てた。
夜も津波の被害、千葉のコンビナートの火災、交通機関の乱れなどのニュースがずっと続いていて、段々と被害の大きさがわかるにつれて、「本当に大変なことが起きてしまったんだ。」と実感し始めた。
震災発生から1週間は親戚の安否を知る為にパソコンで避難所の情報を片っ端から調べていた。
いつも良くしてくれていた岩手の親戚。
してもらっていたばかりで、まだ何もお返し出来ていない。
もしものことがあったら、悔やんでも悔やみきれない。
朝から晩まで時間があればパソコンで探し、夜は親戚の写真を見て泣きながら祈っていた。
そんな中、グーグルのパーソンファインダーで一人の親戚を発見。
それをきっかけに母の血縁は全員無事であることがわかった。本当に嬉しくて神さまに感謝した。
親戚の無事がわかってホッとしたのもつかの間、今度はどんどん原発が深刻になっていく。
高校時代にチェルノブイリ事故があったので、爆発した時は本当に絶望的な気持ちになった。
自分だけならいいけど、やっぱり子どもがいると放射能とか心配。
「電源か回復するば~」とか「水棺が成功すれば~」とかニュースで報道されるたびに必死に祈っても、改善するどころかどんどん事態が悪くなる一方で、ニュースから目が離せなくなり、軽いノイローゼっぽくなっていたような気がする。
テレビのニュースはしばらく見ないようにした。
「もうもとの生活には絶対に戻れないんだ」って本当に悲しかった。
慣れ親しんだ母方の田舎、陸前高田の町も何にも無くなってしまって、私はそこに住んでいたわけではないけどものすごい喪失感を感じたから、住んでいた人達はどんな思いだっただろう。
日本のリバイバルのために祈ってきたけど、こんなになってしまった日本ではもしかしたら神さまを恨む人がたくさんいるんじゃないかって、リバイバルに対してもなんだか後ろ向きになってしまった。
これは日本に対する罰で、日本はもう終わっちゃうのかなって震災から1,2か月くらいは本当に毎日くらい気持ちだった。
ちょうどマナの通読箇所も黙示録とかで、弱っていた私の心に更なる追い討ちとなった。
黙示録とかエルサレム陥落とか、通読箇所がその時の日本となんだかリンクしていて、聖書ってすごいなと本当に思った。
あの頃は「もう普通の生活には戻れない」「一年後にはどんな生活をしているのか想像もつかない」って思っていた。
でも一年経って復興はまだまだ進んでいないけど、ここでの生活はもとに戻っている。
それは本当に感謝だ。
震災によって「普通」とか「いつも通り」っていう当たり前のことが実は本当に感謝なことなんだって気が付いた。
本当に、本当に感謝だ。
でも、「普通」の生活が送れることによって、被災地ではまだまだ「普通」ではない生活をしている人たちがたくさんいることを忘れてしまう自分がいる。
これは本当に気を付けなきゃいけない。
被災地の復興のため、そこで生活している人のため、そこで仕えている人のため、また多くの痛みを負った日本のために、ここで無事に生活している私が祈っていこうと思う。