成長期真っ盛りで去年の服がもう着れないピトチの服を買いに、隣町にある激安洋服屋に自転車を走らせた帰り道、なんだか見覚えのある風景に気がついた。
子どもの頃、酒乱だったオトンから一時避難するためにオカンと兄ちゃんと3人で過ごしたアパートへの道だと気がついた。
もう30年も前だからそのアパートらしき建物は無かったけど(どんな建物だったかも忘れちゃったし)、所々当時の面影が残ったお店や壁などがまだあって懐かしかったな。
確か小学校3年生の時で(年バレバレ)、よく夕方になると酒屋にウイスキーの小瓶を買いに行かされたのよね。(今だったら児童虐待で通報されちゃうわ)
その日も雨だというのに買いに行かされて、帰り道に家を追い出されたらしいオカンに会って、そのままその晩は教会でお世話になり、数日後そのアパートで過ごすようになったのよ。
着のみ着のまま出て来ちゃったから、翌日から少しずつ昼間オトンが飲んだくれて寝ている間に、コマネズミの引越しみたいにそ~っと荷物を持ち出して、必要な物を揃えた。
学校からは二つも町を挟んですごく遠かったし、炊飯器なんかは持ち出せなかったから鍋でご飯を炊いたり、テレビもお風呂も洗濯機も無い生活だったけど、あれはあれでなぜか楽しかったのよね。
不自由はあったけど、酒乱で暴れるオトンにビクビクしなくてよかったからかな?
なんかキャンプっぽくて面白かったし、私は非常事態に強いタイプだったのかも。
一度家に帰った時、アルコールが抜けたオトンが私たちの居所を掴むために私の後を付けたことがあったけど、子ども心に「場所は知られちゃマズイかな~」と思ってオカンの職場の保育園の正門から入って裏門からこっそり抜け出してオトンをまいたこともあった。
オカンからは一度も「お父さんに知られないように」とは言わなかったんだけどね。
後で聞いたらオトンは、私が学校から帰った後はオカンの職場で時間をつぶし、夜は教会で寝泊りをしていると思っていたらしい。
教会大嫌いだったオトンは十字架のある場所には寄り付かない(ヴァンパイアか?)からね。
ちなみにオカンの職場の保育園もミッションだったから、屋根の上には大きな十字架があったのよ。ふふっ。
当時の私も「お父さんが救われますように。」とは祈っていたけど、それはきっといわゆる「いまわのきわ」という時なんだろうと思っていた。
あんなに教会が嫌い、神なんていないって言っているオトンを見ると、逆にクリスチャンになったオトンなんて私の心には思い浮かべることなんてできなかった。
だから「きっとオトンが救われるのは死ぬ直前なんだろう、それでもいいからちゃんと間に合いますように」と、今思えばすごい消極的な祈りを、それでも子ども心に一生懸命祈っていた。
そして30年後の今、私の心に思い浮かんだことがなかったことが起こっている。
すごい、本当に奇跡だよね。
神さまの本当に一方的な憐れみで末期的だったアルコール依存症から徐々に回復し、アルコールを止め、救われて、「これだけは絶対にやめられない」と言っていたタバコも止め、今は毎週教会(十字架のある場所!)に来て、お友達の山ちゃん達と聖書の勉強までしている。
最近ではオカンまで「お父さんは本当に変わったのよ!」って驚いているくらいだ。
オカンと私、実はオトンが教会に通い始めた時も半信半疑な上に、「十字架のあるところなのにすごく場違いな人がいる~」って違和感たっぷりだったのよね。
神さまごめんなさい。
出来ることなら30年前、雨の中酒屋からの道をトボトボ歩いて私に今のオトンを見せてあげたいわ。
本当に神さまはすごいことをするなと、今日昔を思い出したことで改めて思ったわ。
私にはまだまだたくさん祈らなきゃいけないことがある。日本のリバイバルとか、10・40ヴィジョンとか、拉致問題とか、地域や友人の救いとか、子ども達の将来とか、本当にたくさん。
「これは本当にできるのか?」って不信仰になりそうな時もあるけど、神さまはすごいことをされるお方だからこれからも続けて祈っていきたいと思う。
「まさしく、聖書に書いてあるとおりです。
『目が見たことのないもの、
耳が聞いたことのないもの、
そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、
神の備えてくださったものは、みなそうである。』」Ⅰコリント2:9
子どもの頃、酒乱だったオトンから一時避難するためにオカンと兄ちゃんと3人で過ごしたアパートへの道だと気がついた。
もう30年も前だからそのアパートらしき建物は無かったけど(どんな建物だったかも忘れちゃったし)、所々当時の面影が残ったお店や壁などがまだあって懐かしかったな。
確か小学校3年生の時で(年バレバレ)、よく夕方になると酒屋にウイスキーの小瓶を買いに行かされたのよね。(今だったら児童虐待で通報されちゃうわ)
その日も雨だというのに買いに行かされて、帰り道に家を追い出されたらしいオカンに会って、そのままその晩は教会でお世話になり、数日後そのアパートで過ごすようになったのよ。
着のみ着のまま出て来ちゃったから、翌日から少しずつ昼間オトンが飲んだくれて寝ている間に、コマネズミの引越しみたいにそ~っと荷物を持ち出して、必要な物を揃えた。
学校からは二つも町を挟んですごく遠かったし、炊飯器なんかは持ち出せなかったから鍋でご飯を炊いたり、テレビもお風呂も洗濯機も無い生活だったけど、あれはあれでなぜか楽しかったのよね。
不自由はあったけど、酒乱で暴れるオトンにビクビクしなくてよかったからかな?
なんかキャンプっぽくて面白かったし、私は非常事態に強いタイプだったのかも。
一度家に帰った時、アルコールが抜けたオトンが私たちの居所を掴むために私の後を付けたことがあったけど、子ども心に「場所は知られちゃマズイかな~」と思ってオカンの職場の保育園の正門から入って裏門からこっそり抜け出してオトンをまいたこともあった。
オカンからは一度も「お父さんに知られないように」とは言わなかったんだけどね。
後で聞いたらオトンは、私が学校から帰った後はオカンの職場で時間をつぶし、夜は教会で寝泊りをしていると思っていたらしい。
教会大嫌いだったオトンは十字架のある場所には寄り付かない(ヴァンパイアか?)からね。
ちなみにオカンの職場の保育園もミッションだったから、屋根の上には大きな十字架があったのよ。ふふっ。
当時の私も「お父さんが救われますように。」とは祈っていたけど、それはきっといわゆる「いまわのきわ」という時なんだろうと思っていた。
あんなに教会が嫌い、神なんていないって言っているオトンを見ると、逆にクリスチャンになったオトンなんて私の心には思い浮かべることなんてできなかった。
だから「きっとオトンが救われるのは死ぬ直前なんだろう、それでもいいからちゃんと間に合いますように」と、今思えばすごい消極的な祈りを、それでも子ども心に一生懸命祈っていた。
そして30年後の今、私の心に思い浮かんだことがなかったことが起こっている。
すごい、本当に奇跡だよね。
神さまの本当に一方的な憐れみで末期的だったアルコール依存症から徐々に回復し、アルコールを止め、救われて、「これだけは絶対にやめられない」と言っていたタバコも止め、今は毎週教会(十字架のある場所!)に来て、お友達の山ちゃん達と聖書の勉強までしている。
最近ではオカンまで「お父さんは本当に変わったのよ!」って驚いているくらいだ。
オカンと私、実はオトンが教会に通い始めた時も半信半疑な上に、「十字架のあるところなのにすごく場違いな人がいる~」って違和感たっぷりだったのよね。
神さまごめんなさい。
出来ることなら30年前、雨の中酒屋からの道をトボトボ歩いて私に今のオトンを見せてあげたいわ。
本当に神さまはすごいことをするなと、今日昔を思い出したことで改めて思ったわ。
私にはまだまだたくさん祈らなきゃいけないことがある。日本のリバイバルとか、10・40ヴィジョンとか、拉致問題とか、地域や友人の救いとか、子ども達の将来とか、本当にたくさん。
「これは本当にできるのか?」って不信仰になりそうな時もあるけど、神さまはすごいことをされるお方だからこれからも続けて祈っていきたいと思う。
「まさしく、聖書に書いてあるとおりです。
『目が見たことのないもの、
耳が聞いたことのないもの、
そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、
神の備えてくださったものは、みなそうである。』」Ⅰコリント2:9