14日の日曜に実家のオトンが洗礼を受けた。
子供の頃「ベルリンの壁が無くなることやソ連の共産主義が崩壊することが聖書にちゃんと預言されています。」という話を聞いた時、子供心に「そんな歴史的瞬間に立ち会えたら本当に神さまが生きて働いていることがますます実感できるだろうな。」と思っていた。
実際にその歴史的瞬間を目の当たりにして「神さまって本当にすごい!」って思ったけど、オトンが洗礼を受けたこと、その事の方が私にとってはベルリンの壁が無くなったことやソ連のペレストロイカよりももっとすごいことだった。
「お父さんが救われますように。」と、もう30年くらい前から祈っていた。
「イエス・キリストを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます。」ってみことばにあるんだから、オトンも必ず救われると思ってはいた。
でも、その救いは「オトンが人生の最後、召される前に病院のベッドの上でイエスさまを受け入れるお祈りを牧師先生にしてもらって」って思っていた。
もしかしたそれすらできないかもしれないけど、きっとオトンの魂が体から離れる直前に、パウロが光の中でイエスさまと出会ったように、オトンにも出会ってくださると。
実際にこの眼で見ることはできなくても、オトンが救われてくれさえすればそれでいいと思っていた。
オトンのアルコール依存症が再発して、だんだん症状が悪化して、本当に危なかったのが今から2年前だった。
あと一日入院が遅かったら今頃はこの世にはいなかったそうだ。
入院中は禁断症状がすごくて看護士さんや医師に多大な迷惑をかけ、「退院する。」と言い張ってオカンも困らせていた。
その度「あんたの言うことなら聞くから。」という変な理由で呼び出され、病院でオトンにお説教することが度々あり、脱走あり、もう本当に何が何だかって感じだった。
本当に酒ってサタンだよな。
「悪霊に憑かれるってこういうことなのね。」って本当に思ったよ。
まだタツは乳飲み子だったけど、私自身ストレスで母乳も止まっちゃったし、オカンも本当に疲れきってしまって、あの頃は本当に祈るしかなかったのよね。
その後専門病院に転院して約一年間治療をすることになった。
そして一年後退院。
その後なぜか教会へも通い始めるようになった。
もしかしたら退院の条件の中に「教会へ行くこと。」ってオカンと約束したのかもしれないけど。
退院後初めてオトンが教会に来た時には本当にびっくりした。
思わず「何しに来たん?」って言いそうになった。
だって私が覚えている限り、オトンが教会に来たのはこの三十数年中、私の七五三(7歳)の時、兄と私それぞれの婚約式、結婚式の時、ピトチの献児式、さっきーのお父さんのお葬式の時くらいだったからね。
「退院したばかりだから、オカンに対してバツが悪くて教会に来てるのかな?」とオカンと私は思っていた(不信仰な二人)けど、オトンはその後約一年間ほとんど休まずに礼拝に出席していた。
私の方が欠席率が上だったくらいなのに・・・。
オトンはメッセージで語られる聖書の言葉だけでなく、教会の兄弟姉妹が愛をもって接してくれることで魂が癒されていたのかもしれない。
礼拝の中の「挨拶の時」でいろんな人から握手されて、愛のある言葉をかけてもらって嬉しそうにしているオトンを中三階から見ていると、「本当に神の家族ってありがたいな。」といつも思っていた。
身内だとなかなかそんな風に接することがないもんね。照れくさいから。
神の家族の交わりを通して、天のお父さんの愛を体験したのかもしれないね。
体も心も傷だらけだっただろうオトンにとって、本当に嬉しい体験だったんだろうな。
そして先月さっきーから「みわ~んのお父さん、洗礼受けるんだって!すごいね!!」って言われた時、「え~っ、本当に?」と、またまた不信仰。
オカンに確認したら「なんか本当に受けるらしいわよ。でもお父さんのことだから途中でいつ気が変わるかもしれないから。」とまたまた不信仰。
でも当日も変わらずいつもの席に座っていたオトンを見て、「本当に洗礼受けるんだ。」となんか感慨深かった。
名前を呼ばれて前に出た時も、なんだかものすごく嬉しそうな顔してたし。
決定的瞬間は、残念ながらタツが泣き喚いたので別室に連れて行ったので見逃してしまったけど、オカンが祈った時にはその場に一緒にいることができた。
オカンの祈りの中で、「夫のために祈ってくださった方達の中には、もう天国に行かれた方もいます。」という言葉があった。
同じように夫の依存症に苦しんで、でも救いに導いた信仰の大先輩の夫人方はいつもオカンに「次に夫が救いに与るのはあなたよ。」と言ってオカンを励まし、いつも祈ってくださっていたそうだ。
その信仰の大先輩たちもきっと天国で一緒に喜んでいてくださっているだろうな。
その夜、用事があって実家に行ったら、家中洗礼式でいただいた花が飾られていて、オトンは入門コースを導いてくださった兄弟が書いてくれたみことばの額を嬉しそうに見せてくれた。
「本当によかったね。」と、教会ではゆっくり話しができなかったので短い時間だったけどいろいろと話をすることができた。
ちょっと前までは教会や神さまのことを話すと嫌がったオトンがここまで変わるなんて、本当に神さまのみわざなんだなと改めて思う。
神さま、本当に感謝します。これからもあなたがオトンといつも共にいてくださって身体も魂も守り、導いてくださいますように。アーメン。
子供の頃「ベルリンの壁が無くなることやソ連の共産主義が崩壊することが聖書にちゃんと預言されています。」という話を聞いた時、子供心に「そんな歴史的瞬間に立ち会えたら本当に神さまが生きて働いていることがますます実感できるだろうな。」と思っていた。
実際にその歴史的瞬間を目の当たりにして「神さまって本当にすごい!」って思ったけど、オトンが洗礼を受けたこと、その事の方が私にとってはベルリンの壁が無くなったことやソ連のペレストロイカよりももっとすごいことだった。
「お父さんが救われますように。」と、もう30年くらい前から祈っていた。
「イエス・キリストを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます。」ってみことばにあるんだから、オトンも必ず救われると思ってはいた。
でも、その救いは「オトンが人生の最後、召される前に病院のベッドの上でイエスさまを受け入れるお祈りを牧師先生にしてもらって」って思っていた。
もしかしたそれすらできないかもしれないけど、きっとオトンの魂が体から離れる直前に、パウロが光の中でイエスさまと出会ったように、オトンにも出会ってくださると。
実際にこの眼で見ることはできなくても、オトンが救われてくれさえすればそれでいいと思っていた。
オトンのアルコール依存症が再発して、だんだん症状が悪化して、本当に危なかったのが今から2年前だった。
あと一日入院が遅かったら今頃はこの世にはいなかったそうだ。
入院中は禁断症状がすごくて看護士さんや医師に多大な迷惑をかけ、「退院する。」と言い張ってオカンも困らせていた。
その度「あんたの言うことなら聞くから。」という変な理由で呼び出され、病院でオトンにお説教することが度々あり、脱走あり、もう本当に何が何だかって感じだった。
本当に酒ってサタンだよな。
「悪霊に憑かれるってこういうことなのね。」って本当に思ったよ。
まだタツは乳飲み子だったけど、私自身ストレスで母乳も止まっちゃったし、オカンも本当に疲れきってしまって、あの頃は本当に祈るしかなかったのよね。
その後専門病院に転院して約一年間治療をすることになった。
そして一年後退院。
その後なぜか教会へも通い始めるようになった。
もしかしたら退院の条件の中に「教会へ行くこと。」ってオカンと約束したのかもしれないけど。
退院後初めてオトンが教会に来た時には本当にびっくりした。
思わず「何しに来たん?」って言いそうになった。
だって私が覚えている限り、オトンが教会に来たのはこの三十数年中、私の七五三(7歳)の時、兄と私それぞれの婚約式、結婚式の時、ピトチの献児式、さっきーのお父さんのお葬式の時くらいだったからね。
「退院したばかりだから、オカンに対してバツが悪くて教会に来てるのかな?」とオカンと私は思っていた(不信仰な二人)けど、オトンはその後約一年間ほとんど休まずに礼拝に出席していた。
私の方が欠席率が上だったくらいなのに・・・。
オトンはメッセージで語られる聖書の言葉だけでなく、教会の兄弟姉妹が愛をもって接してくれることで魂が癒されていたのかもしれない。
礼拝の中の「挨拶の時」でいろんな人から握手されて、愛のある言葉をかけてもらって嬉しそうにしているオトンを中三階から見ていると、「本当に神の家族ってありがたいな。」といつも思っていた。
身内だとなかなかそんな風に接することがないもんね。照れくさいから。
神の家族の交わりを通して、天のお父さんの愛を体験したのかもしれないね。
体も心も傷だらけだっただろうオトンにとって、本当に嬉しい体験だったんだろうな。
そして先月さっきーから「みわ~んのお父さん、洗礼受けるんだって!すごいね!!」って言われた時、「え~っ、本当に?」と、またまた不信仰。
オカンに確認したら「なんか本当に受けるらしいわよ。でもお父さんのことだから途中でいつ気が変わるかもしれないから。」とまたまた不信仰。
でも当日も変わらずいつもの席に座っていたオトンを見て、「本当に洗礼受けるんだ。」となんか感慨深かった。
名前を呼ばれて前に出た時も、なんだかものすごく嬉しそうな顔してたし。
決定的瞬間は、残念ながらタツが泣き喚いたので別室に連れて行ったので見逃してしまったけど、オカンが祈った時にはその場に一緒にいることができた。
オカンの祈りの中で、「夫のために祈ってくださった方達の中には、もう天国に行かれた方もいます。」という言葉があった。
同じように夫の依存症に苦しんで、でも救いに導いた信仰の大先輩の夫人方はいつもオカンに「次に夫が救いに与るのはあなたよ。」と言ってオカンを励まし、いつも祈ってくださっていたそうだ。
その信仰の大先輩たちもきっと天国で一緒に喜んでいてくださっているだろうな。
その夜、用事があって実家に行ったら、家中洗礼式でいただいた花が飾られていて、オトンは入門コースを導いてくださった兄弟が書いてくれたみことばの額を嬉しそうに見せてくれた。
「本当によかったね。」と、教会ではゆっくり話しができなかったので短い時間だったけどいろいろと話をすることができた。
ちょっと前までは教会や神さまのことを話すと嫌がったオトンがここまで変わるなんて、本当に神さまのみわざなんだなと改めて思う。
神さま、本当に感謝します。これからもあなたがオトンといつも共にいてくださって身体も魂も守り、導いてくださいますように。アーメン。