昨日はヒカの洗礼式だった。

我が家(母方から数えて)は4代続いたクリスチャンホームだ。
といっても上から順番に信仰を継承して来たわけではないんだけど。

教会の近所に住んでいたので私と兄が教会学校で導かれ、次いで母が救われた。
そして母が祖父母を救いに導き、さっきーと結婚して生まれた子ども達も信仰を持ったという形になる。

母の実家は岩手の山奥。
祖母が病気で余命あとわずかという時に、母が祖母を導き、その後教会の牧師先生がわざわざ祖母のところまで洗礼を授けに行ってくださったのだ。
母の実家は一日2本しか電車が来ない(しかも今時珍しい単線電車)ような土地柄。
先生はとてもカルチャーショックを受けたようで、その後礼拝で何度も「宮○姉のご実家はチベットのようなところでした。今時単線電車なんて・・。」と話をして、軽く母の怒りを買っていたとかいなかったとか。

祖父が洗礼を受けたのも、同じく岩手の山奥。
でも祖父の時には先生もお忙しくて岩手まで行けないということで、祖父限定ということで特別に按手を受けた母が祖父に洗礼を授けた。
「ヒラ信徒が洗礼を授けるなんてあり?」と、当時の私は思った。
でも、母の熱心な救霊の思いに神さまが応えてくださってそういうアイディアが与えられたんだろうと、今になって思う。
そして形式に囚われ過ぎないでそういうことをさせてくださった先生の柔軟な頭と魂もすごいなと思った。

遠方ということで祖父母とは一緒に暮らしたことはないのだが、今も天国で私達を見守ってくれていると思うと、祖父母が存命中よりももっと祖父母を近くに感じることができる。
神の家族って本当に嬉しいものだよね。

私が洗礼を受けたのは14歳の時。
祖母が岩手で洗礼を受け、天に召されてから数ヶ月後だった。
同じ日にもう一人洗礼を受けた。あまり顔を見たことがないおじさんだった。
特に気にも留めずに洗礼を受けた。

10年後さっきーと結婚。
ある日、さっきーの実家で昔の写真をいろいろと見せてもらっていたら・・・。
「これはうちのお父さんの洗礼式の写真よ。」とお母さん。
お父さんの隣にはよく見たことのある顔。
「これって、私じゃん?」
あの時のおじさんって、さっきーのお父さんだったのね。
あの時はまさかこの人が義理のお父さんになるとは夢にも思わなかったんだけど。
ほんとにビックリだった。

さて、ヒカの洗礼式だが・・・。
私は正直言ってヒカがちゃんと十字架の意味を理解して救いの確信をしっかり握っているのか不安だった。
「今度洗礼受けるんだぁ~!楽しみ~。」みたいなノリだったし、なにせイベント大好き少女だからね。
準備会の話を聞いても「???本当に大丈夫?」って感じだったし。
でもこればっかりは本人と神さまとの関係だから、余計な口出しをしないようにしてたけど。
(ちょっとは言っちゃったかな?)

そして当日。
ちょっと緊張気味にヒカは証の作文を心を込めて読んで洗礼に臨んだ。
洗礼槽に入るヒカを見たら、ヒカを産んだ時のことを思い出した。
「あの時の赤ちゃんが信仰告白をして洗礼を受けるんだなぁ。」とちょっと感慨深かった。
水から上がったヒカは泣いていた。
普段あまり泣かないヒカがこんなに大勢の前で泣いてるんだから、やっぱりヒカなりに感動したんだろうな。
洗礼は信仰生活のスタートラインだから、これからの人生もいつもヒカが神さまと共に歩むことができるようにとお祈りした。
ヒカ、これからも頑張れ!