9月に思いがけず妊娠したのが発覚してからあっと言う間に10ヶ月が過ぎ、お気楽だったあたしのマタニティーライフも5月2日に最終日を迎えた。その時はわからなかったけど。

この日は予定日前の最後の健診だった。
病院に行く前になんと「おしるし」があり、「もしかしたら健診の後、そのまま入院ってことになったりして。」と期待半分、不安半分で病院へ行った。
でも「赤ちゃんはまだ下がってないね。子宮口も1センチしか開いてないし。出産はGW明けになるかな。」と先生に言われ、ちょっとがっかりしながら家に帰った。
帰り道雷雨になり、びしょ濡れになった。
思えばこの雷雨がこれから始まるお産の前触れだったのかもしれない。

家に帰ってから、なんとなくお腹が不規則に張り、その度に嫌な予感。
夜さっきーとお腹を触っていたら、「ボコン!」という今までになり胎動と共にお腹に強い衝撃があった。その時は気が付かなかったけど、破水していたらしい。
日付は変わって3日未明。
一時間くらい布団の中で様子を見ていたら段々お腹が痛くなってきた。
さらに一時間くらい様子を見ていたら段々痛みが強くなって、「もしかして陣痛?病院に電話をしようか?でも夜中にさっきーを起こして運転してもらって、やっぱり違ったら悪いし・・・。朝まで様子を見ようかな?」とあれこれ悩んでいた。
この時朝まで様子を見ていたら、自宅で生まれていたかも。
でも痛みが強くなったので、とりあえず病院に電話をしたら「すぐ来て下さい。」との事だったので、さっきーを起こし病院に連れて行ってもらった。

朝の3時半頃病院に着いてから診察を受けた。
この時結構な痛みが来ていたので、すぐ分娩室かなと甘いことを考えていた。
「子宮口は1.5センチ、破水をしていますので今日の午前中には生まれると思います。」と言われた。
「午前中って・・・。あと何時間あるんかい?」その間ずっと痛みに耐えなきゃいけないと思うと気が遠くなった。
正直言って妊娠したことを軽く後悔した。

診察の後、「陣痛室」に入ってひたすら陣痛に耐えることに。
今回はさっきーが立ち会ってくれるから心強かったけど、夜中に入院したからピトチやヒカには何も言わずに来てしまって、「朝起きてきた二人がお父さんもお母さんも居ないのを見たら心配するだろうな。」とそのことばかりが気になっていた。
一応「入院用のカバンが無かった時はお母さんは赤ちゃんを産みに病院に行っているからね。何かあったらお祖母ちゃんに電話しなさいね。」とは言い聞かせていたけど。
「休みの日は8時には子ども達が起き出すから、その前に生まれてくれれば子ども達が起きる前にさっきーが家に帰れるのにな。」と思っていた。
その願いどおりになったんだけど、その分お産が急激に進み、急激に進んだ分痛みがすごいスピードで強くなった。

朝6時を過ぎる頃、呼吸法でも痛みが逃せないくらい陣痛が強くなってきた。
ナースコールを押して内診してもらうと、子宮口4センチね。まだ我慢。」と言われる。
それから15分としないうちにまた耐えられなくなりナースコール。
「7センチ、いまから分娩室に行くと待ちきれなくなるからもうちょっとここにいてね。」と言われる。
この頃になると呼吸法なんて形だけで痛みをこらえつつずっとうなっていた。
その10分後、お腹の中のタツの頭がゴンゴンと骨盤に当たるのが判り、いきみが来たのでまたナースコールを押したら「あら、9センチ。じゃあ次に痛みが治まったら分娩室まで行きましょう。」と言われてほっとしたんだけど、陣痛室から分娩室までがちょっと遠かった。
立ち上がるのもやっとなのに、歩いて、しかも分娩台に上らなきゃいけないなんて。
途中で陣痛が来て動けなくなるのも嫌なので、分娩室まで小走りに走り、分娩台に飛び乗るようにして上ったわよ。

「これでやっといきめる。やっと産めるわ。」と痛みにつつ思っていたら、「まだいきんじゃだめよ。台を消毒するからね。」だって。(そんなことはもっと早くやっておいてよ!)

ちなみに( )内はあたしの心の声です。本当は声にだして言いたかったけど、クリスチャンとしての自制が働いてくれたお陰か、痛みに耐えつつも口走らなくて本当に良かったわ。

それで、やっと消毒が終わっていきめると思ったら、「まだダメよ。これからドクターを呼ぶからね。」と内線電話で先生を呼んでいた。
そしたら「あら、居ないわね。ポケベルも押さなきゃ。」とかのんきなことを言っている。
(さっさと連れて来なさいよ!)
その間助産師さんが二人がかりで赤ちゃんが出て来ないようにと押さえていた。
(赤ん坊がせっかく出てこようとしているのに、産ませてよ!)
やっと先生が来たと思ったら、スリッパをペタペタさせながら歩いている。
(ダッシュで来い!)

先生と助産師さんがそろい、やっと分娩が始まった。
お産の中では一番痛みがキツイ時だから、あたしも叫びまくっていたのよね。
そしたら「声出しちゃだめ。呼吸法をしっかりして。」と怒られた。
(じゃあさ、あんた達はお腹をザクザク刺されても呼吸法で痛みを逃して声を出さないでいられる訳?)
でもひたすら陣痛に耐えるよりは、痛みが強くても思いっきりいきめるだけ楽なんだけどさ。

立会い分娩だったけど、頼みの綱のさっきーはなぜだか分娩台から3メートルくらい離れたところでこの修羅場を目の当たりにしていたらしい。
ちなみにさっきーは立会い出産は2回目。
さっきーは意外とグロいのとか平気な人なのよね。
本当は一番辛いところだから手とか握って励ましてもらいたかったのに、この病院では生まれる瞬間を旦那さんに見てもらうって感じだった。

さっきまで赤ちゃんが出てこないように押さえ付けていた助産師さんは、今度は二人がかりで赤ちゃんをひっぱり出す。
そしてようやく誕生!
元気な産声。手も足も小さくて可愛い!
生まれてからのお楽しみにしていた性別は男の子だ。
「弟が欲しい」と言っていたピトチが喜ぶな。
など、いろんなことを考えた。
でも一番最初に思ったことは、「これで陣痛から解放された!」

生まれてすぐにお腹の上に乗せられてタツは柔らかくてあったかかった。
そのあとさっきーも抱っこしていた。
久しぶりの赤ちゃんを抱っこして、さっきーも嬉しそう。
その後さっきーはあたしの頭をグシャグシャ撫でて「よく頑張った!お疲れさん。」と言っていた。
(犬じゃないんだからさ。)

タツは3日の朝7時17分に生まれた。
分娩所要時間は3時間半。
タツは3452グラムでやや大きめの赤ちゃんだった。
(ちなみにピトチは3010グラム、ヒカは3120グラムだった。)
なのでタツが生まれた時、助産師さんと先生は「大きいなぁ~。」と言っていた。
「こんなに大きい子を、こんなに短時間でスポンと産んじゃうなんて、さすが経産婦さんね!」と助産師さんに言われた。これって褒め言葉なの?
あたしに「声出しちゃダメよ。」って怒った助産師さんは、「お産がこんなに早く進んだから、痛みも大変だったでしょう?」とねぎらってくれたんだけど、それならもう少し優しく労わって欲しかったわ。

お産の間気がかりだったピトチとヒカはなぜか朝6時に目が覚め、起きたらお父さんとお母さんが居なくてびっくりしたけど、入院カバンが無かったからお産が始まったと思って二人で朝ごはんを食べ、お祖母ちゃんに電話をしたらしい。その後さっきーが帰宅するまで二人できちんと留守番をしていてくれた。
さすが、お兄ちゃんとお姉ちゃんだね!

処置の後病室に入り、ほっと一息。
でも処置後の傷が痛いから寝返りもできないし、ベッドの上に座るのも大変。
さらにこの後、「後陣痛」と呼ばれる子宮の収縮の痛みに3日耐え、ようやく収まった頃今度は授乳のため胸が張って痛くなる。
お産って陣痛が終わっても体のあちこちがしばらくの間痛くて辛いのよね。
でもそんな痛みに耐えられるのも可愛い赤ちゃんがいるからなんだろうけどね。
ともかく無事に出産できて感謝だわ。今度は赤ちゃんのお世話を頑張らなきゃね。