お片づけキャンペーンが苦戦しています・・・。
普段から土日とか家族が休みの日って散らかるんだけど、今夏休みでしょ?
さっきーは会社があるからいつもどおり朝出かけて行くけど、子ども達は朝から家中バタバタ歩き回っているのよね。
ただ歩き回っているんならまだいいんだけど、あっちこっちで本を読んだりゲームをしたりして、それがそのまま放置されている。
子ども部屋からわざわざおもちゃを持ってきて、ちょっと遊んだらまた他の物を出す。
これじゃ散らかるよね。
部屋が散らかっていると掃除機をかけるのも面倒になるから、部屋が汚れてもくるんだよね。
この夏は出かける機会も結構あったから、その片付けもなかなか進まず、今お片づけキャンペーンは存続の危機にあるのだ。(ちょっと大げさかな?)
夏休み前は部屋がきれいな状態に慣れていたので、ちょっと散らかってくるとすぐ気になり、片付けていたんだけど、最近はちょっと散らかっている状態が続き、それに慣れ始めてきている。危険だ。
部屋の散らかり具合ってある一定のボーダーラインがあって、それを超えちゃうと「もういいや~。」ってなってしまう。
ボーダーラインを超えると片付けも面倒になってくるしね。
段々弱気になる私。
「子どもが居なけりゃ今の半分の労力で部屋が片付くのになぁ~。」とちょっとイケナイ考えが・・・。
そんな時テーブルの上にさっきーの会社の保険組合が発行している冊子が目に入った。
パラパラめくっていたら「リフレーミングしてみよう」という記事があった。
リフレーミング=思考の枠組みの変更という意味らしい。
物事をマイナス面で捉えるのではなく、プラス思考で考えようということかな。
リフレーミングで人を見るとこんな感じになるらしい。
命令しがちな人→リーダーシップがある人
よく考えない人→行動的
ボーっとしている人→マイペース
怒りっぽい人→情熱的
などなど。
言われてみたらそのとおりだよね。
物事はいつも二面性があって、同じことでも考えようによってプラスにもマイナスにもなる。
記事を読んでいくと、
「潔癖症で、子どもたちが部屋を汚すことさえ極端に嫌う人がいたとします。その人に対し、『ちりひとつないきれいな部屋とは、あなたがまったく一人きりで、愛する大切な人がまわりにいないということですよ』というように『きれいな部屋=孤独』と意味づけるのです。
それに対し、『今度は、少々散らかった部屋は大切な人たちがそばにいるしるしと思ってご覧なさい』というリフレーミングを行なうことで、汚れた部屋に対するイメージはまったく別のイメージを生むことになるのです。」と書いてあった。
なるほどねぇ~。
いくらきれいな部屋でも、一人ぼっちだったら寂しいね。
散らかっていたら片付ければいいけど、一人ぼっちは自分じゃどうにもならないもんね。
でも散らかった部屋に対するイメージが「大切な人たちがいるしるしだから、散らかっててもいいや!」ってならないように気をつけなきゃね。
これからは私の大切な人たちにもせっせとお片づけをしてもらいましょ!
普段から土日とか家族が休みの日って散らかるんだけど、今夏休みでしょ?
さっきーは会社があるからいつもどおり朝出かけて行くけど、子ども達は朝から家中バタバタ歩き回っているのよね。
ただ歩き回っているんならまだいいんだけど、あっちこっちで本を読んだりゲームをしたりして、それがそのまま放置されている。
子ども部屋からわざわざおもちゃを持ってきて、ちょっと遊んだらまた他の物を出す。
これじゃ散らかるよね。
部屋が散らかっていると掃除機をかけるのも面倒になるから、部屋が汚れてもくるんだよね。
この夏は出かける機会も結構あったから、その片付けもなかなか進まず、今お片づけキャンペーンは存続の危機にあるのだ。(ちょっと大げさかな?)
夏休み前は部屋がきれいな状態に慣れていたので、ちょっと散らかってくるとすぐ気になり、片付けていたんだけど、最近はちょっと散らかっている状態が続き、それに慣れ始めてきている。危険だ。
部屋の散らかり具合ってある一定のボーダーラインがあって、それを超えちゃうと「もういいや~。」ってなってしまう。
ボーダーラインを超えると片付けも面倒になってくるしね。
段々弱気になる私。
「子どもが居なけりゃ今の半分の労力で部屋が片付くのになぁ~。」とちょっとイケナイ考えが・・・。
そんな時テーブルの上にさっきーの会社の保険組合が発行している冊子が目に入った。
パラパラめくっていたら「リフレーミングしてみよう」という記事があった。
リフレーミング=思考の枠組みの変更という意味らしい。
物事をマイナス面で捉えるのではなく、プラス思考で考えようということかな。
リフレーミングで人を見るとこんな感じになるらしい。
命令しがちな人→リーダーシップがある人
よく考えない人→行動的
ボーっとしている人→マイペース
怒りっぽい人→情熱的
などなど。
言われてみたらそのとおりだよね。
物事はいつも二面性があって、同じことでも考えようによってプラスにもマイナスにもなる。
記事を読んでいくと、
「潔癖症で、子どもたちが部屋を汚すことさえ極端に嫌う人がいたとします。その人に対し、『ちりひとつないきれいな部屋とは、あなたがまったく一人きりで、愛する大切な人がまわりにいないということですよ』というように『きれいな部屋=孤独』と意味づけるのです。
それに対し、『今度は、少々散らかった部屋は大切な人たちがそばにいるしるしと思ってご覧なさい』というリフレーミングを行なうことで、汚れた部屋に対するイメージはまったく別のイメージを生むことになるのです。」と書いてあった。
なるほどねぇ~。
いくらきれいな部屋でも、一人ぼっちだったら寂しいね。
散らかっていたら片付ければいいけど、一人ぼっちは自分じゃどうにもならないもんね。
でも散らかった部屋に対するイメージが「大切な人たちがいるしるしだから、散らかっててもいいや!」ってならないように気をつけなきゃね。
これからは私の大切な人たちにもせっせとお片づけをしてもらいましょ!