今週はみわ~んの行っている教会は「24-7prayer」という祈りの週間だ。
これはイギリスの教会から発祥した、24時間×7日間を教会員が分担して祈るというムーブメントだそうな。と言っても仏教の読経大会のように一日中ぶつぶつと祈るだけではなく、祈りの中で与えられた聖書の言葉をかいたり、与えられたイメージを絵に描いてみたり、歌ったり、踊ったり(踊りはない?)して、自由な形で神さまとの交わりである祈りを楽しむそうな。
教会の1階も可愛く模様替えされ、祈りのスケジュール表には教会の兄姉が名前を連ねていた。
今回みわ~んも初参加。とりあえず3日間、昼間の1時間をそこで祈ることにした。
今日はその初日だ。
「1時間1人で祈れるかねぇ~?」とちょっと心配だった。
毎日のディボーションでは、みことば+示されている人達へのとりなしの祈り=45分だ。
普通に祈ってもそれくらい。頑張ればもうちょっと祈れないこともないが、なにぶん祈りは疲れる。
(軟弱者!)いつも一通り祈ると「こんな感じかな?」って留めてしまうことがままあった。
「今日は祈れるところまで祈ろうっと。」そう決めた。
教会に着き(と言っても徒歩3分のところに自宅はある)、部屋に入る。
右見ても左見ても祈祷課題が「これでもか」ってくらい貼ってあった。CTC生の心意気を痛感。
とりあえず片っ端から祈っていった。一通り祈ったら既に一時間は経過していた。
「全部祈ったぞ!」と思って部屋を一周したら、カベの裏にも祈祷課題が・・・。何かCTC生に負けたような気がした。・・・明日は逆周りで祈ろう。
そんな中で特に「新会堂のために」という祈祷課題に目がいった。
みわ~んの教会は築30年以上。もうあちこちボロボロだ。新しい会堂が必要なのだ。
でもまず建物(外側の教会)のためにではなく、兄姉(内側の教会)のために祈った。
「中身が充実しなきゃ、外側も与えられない」ような思い湧いたから。
新しいぶどう酒のために、新しい皮袋が必要なのだから。
自分もそうだけど、教会の兄姉がそろって新しいぶどう酒にならなきゃね。
そうなると自分も来年あたりCTC送り(?)になるのかね?まあ、それは別の話。(逃げ?)
心ゆくまで教会の内側の整えのために祈った後、いよいよ建物としての新会堂建築のために祈った。
でもねぇ、その祈りは度々中断させられちゃったんだよね。
「広い会堂がほしいです!」って祈っても「でも土地代、建物代がかかるのよね~。」
「今の場所で地域に仕えたいです!」って祈っても「この辺は土地代が高いし、広い土地ってないぞ~。」なんか祈る度に現実に引き戻される。小市民の考えでは、イメージする教会も小市民的。
「お金があればねぇ~。」って、確かにそう。でもさ、祈る相手はすごいことができる、すごい神さまに祈るんだから、すごいことを祈らなきゃ!
イメージを転換した。小市民の発想から、御国の世継ぎの発想へ。私は天国の王女さまよ!
この世の財は全て天のお父さんの物なんだから、お金を気にせず、今の教会にとって必要な物をイメージしながら祈った。イメージを浮かべながら祈ることは大切だ。
ここから先はみわ~んの野望・・・ではなく、神さまへ祈った新会堂のイメージです。
まず、大きな礼拝堂は必須。音響設備も完備されています。200人は楽に座れます。
もちろんバリアフリー。洗礼漕も付いているから、洗礼式の度に水汲みで大変な思いをしなくて済みます。あと、昔の会堂では物置にされてしまっていた祈祷室も付いています。もちろんもう物置にはしません。後輩ママ達のためには、会堂と同じフロアにガラス張りの母子室を。子育て中も礼拝の雰囲気を体感しながら心置きなく出席できます。(ベビーシッターもいれば言うことなし)
この他子ども達のための部屋、お年寄りのために畳の部屋、旅人をもてなすための宿泊施設、みんなで食事ができる食堂・・・、などなど。
挙げていくときりがないが、とりあえずこの辺はおさえておきたいです。
まあ、なんて欲張りな祈りなんでしょう。でも天のお父さんに期待します。
自分の子どもに「どうせお母さんはこの程度のことくらいしかしてくれないよね。」と思いながらおねだりされても、なんか嬉しくない。「どうせ無理でしょ。」って思いながらのおねだりなんて、「だったら言うなよ。」って感じだ。
天のお父さんもきっと同じ。すごいことができる、すごいお父さんなんだから、おねだりもすごいおねだりじゃなきゃね。
明日もすごいことができる、すごいお父さんに、すごいことを祈ろっと!
これはイギリスの教会から発祥した、24時間×7日間を教会員が分担して祈るというムーブメントだそうな。と言っても仏教の読経大会のように一日中ぶつぶつと祈るだけではなく、祈りの中で与えられた聖書の言葉をかいたり、与えられたイメージを絵に描いてみたり、歌ったり、踊ったり(踊りはない?)して、自由な形で神さまとの交わりである祈りを楽しむそうな。
教会の1階も可愛く模様替えされ、祈りのスケジュール表には教会の兄姉が名前を連ねていた。
今回みわ~んも初参加。とりあえず3日間、昼間の1時間をそこで祈ることにした。
今日はその初日だ。
「1時間1人で祈れるかねぇ~?」とちょっと心配だった。
毎日のディボーションでは、みことば+示されている人達へのとりなしの祈り=45分だ。
普通に祈ってもそれくらい。頑張ればもうちょっと祈れないこともないが、なにぶん祈りは疲れる。
(軟弱者!)いつも一通り祈ると「こんな感じかな?」って留めてしまうことがままあった。
「今日は祈れるところまで祈ろうっと。」そう決めた。
教会に着き(と言っても徒歩3分のところに自宅はある)、部屋に入る。
右見ても左見ても祈祷課題が「これでもか」ってくらい貼ってあった。CTC生の心意気を痛感。
とりあえず片っ端から祈っていった。一通り祈ったら既に一時間は経過していた。
「全部祈ったぞ!」と思って部屋を一周したら、カベの裏にも祈祷課題が・・・。何かCTC生に負けたような気がした。・・・明日は逆周りで祈ろう。
そんな中で特に「新会堂のために」という祈祷課題に目がいった。
みわ~んの教会は築30年以上。もうあちこちボロボロだ。新しい会堂が必要なのだ。
でもまず建物(外側の教会)のためにではなく、兄姉(内側の教会)のために祈った。
「中身が充実しなきゃ、外側も与えられない」ような思い湧いたから。
新しいぶどう酒のために、新しい皮袋が必要なのだから。
自分もそうだけど、教会の兄姉がそろって新しいぶどう酒にならなきゃね。
そうなると自分も来年あたりCTC送り(?)になるのかね?まあ、それは別の話。(逃げ?)
心ゆくまで教会の内側の整えのために祈った後、いよいよ建物としての新会堂建築のために祈った。
でもねぇ、その祈りは度々中断させられちゃったんだよね。
「広い会堂がほしいです!」って祈っても「でも土地代、建物代がかかるのよね~。」
「今の場所で地域に仕えたいです!」って祈っても「この辺は土地代が高いし、広い土地ってないぞ~。」なんか祈る度に現実に引き戻される。小市民の考えでは、イメージする教会も小市民的。
「お金があればねぇ~。」って、確かにそう。でもさ、祈る相手はすごいことができる、すごい神さまに祈るんだから、すごいことを祈らなきゃ!
イメージを転換した。小市民の発想から、御国の世継ぎの発想へ。私は天国の王女さまよ!
この世の財は全て天のお父さんの物なんだから、お金を気にせず、今の教会にとって必要な物をイメージしながら祈った。イメージを浮かべながら祈ることは大切だ。
ここから先はみわ~んの野望・・・ではなく、神さまへ祈った新会堂のイメージです。
まず、大きな礼拝堂は必須。音響設備も完備されています。200人は楽に座れます。
もちろんバリアフリー。洗礼漕も付いているから、洗礼式の度に水汲みで大変な思いをしなくて済みます。あと、昔の会堂では物置にされてしまっていた祈祷室も付いています。もちろんもう物置にはしません。後輩ママ達のためには、会堂と同じフロアにガラス張りの母子室を。子育て中も礼拝の雰囲気を体感しながら心置きなく出席できます。(ベビーシッターもいれば言うことなし)
この他子ども達のための部屋、お年寄りのために畳の部屋、旅人をもてなすための宿泊施設、みんなで食事ができる食堂・・・、などなど。
挙げていくときりがないが、とりあえずこの辺はおさえておきたいです。
まあ、なんて欲張りな祈りなんでしょう。でも天のお父さんに期待します。
自分の子どもに「どうせお母さんはこの程度のことくらいしかしてくれないよね。」と思いながらおねだりされても、なんか嬉しくない。「どうせ無理でしょ。」って思いながらのおねだりなんて、「だったら言うなよ。」って感じだ。
天のお父さんもきっと同じ。すごいことができる、すごいお父さんなんだから、おねだりもすごいおねだりじゃなきゃね。
明日もすごいことができる、すごいお父さんに、すごいことを祈ろっと!