今日もピロピロとみわ~んを呼ぶ音が聞こえてくる。そう、それは「たまごっち」の呼び出し音。
うちには古い型のが2個(そのうち1個はポケットに入れたまま洗濯をしたので死亡)、新しい型のが2個ある。大昔流行ったのと違って、ここ最近の物は「通信機能」が付いているので1個で遊ぶとちょっとつまらないから、2個ずつ買ったのだ。うちは子どもも2人だし。
今動いているのは新しい型の2個なのだが、これが交互にピロピロとうるさい。
新しい型のたまごっちは「けーたま」と呼ばれているが、携帯電話を使うとポイントがもらえたり買い物ができたりするらしい。ヒカは本まで買って友達と通信をして楽しんでいる。
楽しんでいるのはいいのだが、問題は昼間の世話だ。
「お母さんウチが学校に行っている間、遊んでていいからね。」「オレのも遊んでていいよ。」とテーブルの上に置いていく。
おい、こら!「遊んでていい。」じゃなくて「お世話をよろしくお願いします。」だろ!
ていよくたまごっちの世話を押し付けられてしまった。
最初のうちは物珍しさもあって甲斐甲斐しくお世話をしていた。
きちんと世話をすると可愛いキャラクターに成長するからだ。
でも昼間いくらこまめに世話をしても子どもが帰って来ると取り上げられ、みわ~んがせっかく可愛いキャラを育てても「これはウチのたまごっち!」とか言って雑に取り扱われ、挙句の果てに死なれてしまう。
何度かこんなことが続くうちに、だんだん世話が面倒くさくなった。
食事とトイレの世話くらいならそれほど手間を取らないのだが、その合間にやれ病気だ、機嫌が悪い、変な親父が行商に来た、お見合いオババが来たなどなどイベントが多すぎる。
そのたびにピロピロ、ピロピロ鳴る。
あんまりうるさいから音を消すと、そのまま忘れてしまって子ども達が学校から帰って来る頃には瀕死の重態になっていたりする。あやうく「たまごっち殺し」のレッテルを貼られるところだった。
みわ~んだけではなく、世のお母さん達の多くはこのたまごっちに悩まされているのではないだろうか?
PTAの集まりとかで話し合いをいていると、あっちのバック、こっちのポーチから「ピロピロ」と呼び出し音が聞こえて来る。
その音にいち早く反応するお母さんはみわ~んのように昼間の世話を押し付けられているお母さんだ。
なんか気妙な連帯感が湧く。
「お宅もたまごっちの世話を押し付けられてるんですか?」
「そうなんですよ。もう面倒くさくて。でも死ぬと子どもに怒られるから。」
「うちもですよ。うちは子どもが3人だからたまごっちも3個なのよ。」
「うわっ!それは大変ですねぇ。」
なんて具合に話が弾む。
そして最後には必ずこの言葉で一致する。
「子どもの世話だけでも大変なのに、たまごっちの世話までやってらんないわよねぇ~。」
お母さん達はみんな大きくうなずいていた。
たまごっち。
子ども達はそれを使ってお友達と楽しく遊ぶ。
たまごっち。
お母さん達は世話を押し付けられちょっとうんざり。でもそんなお母さん同士の連帯感を生む。
そんなたまごっちは、結構優秀なコミュニケーションツールなのかもしれない。でも世話は面倒。
うちには古い型のが2個(そのうち1個はポケットに入れたまま洗濯をしたので死亡)、新しい型のが2個ある。大昔流行ったのと違って、ここ最近の物は「通信機能」が付いているので1個で遊ぶとちょっとつまらないから、2個ずつ買ったのだ。うちは子どもも2人だし。
今動いているのは新しい型の2個なのだが、これが交互にピロピロとうるさい。
新しい型のたまごっちは「けーたま」と呼ばれているが、携帯電話を使うとポイントがもらえたり買い物ができたりするらしい。ヒカは本まで買って友達と通信をして楽しんでいる。
楽しんでいるのはいいのだが、問題は昼間の世話だ。
「お母さんウチが学校に行っている間、遊んでていいからね。」「オレのも遊んでていいよ。」とテーブルの上に置いていく。
おい、こら!「遊んでていい。」じゃなくて「お世話をよろしくお願いします。」だろ!
ていよくたまごっちの世話を押し付けられてしまった。
最初のうちは物珍しさもあって甲斐甲斐しくお世話をしていた。
きちんと世話をすると可愛いキャラクターに成長するからだ。
でも昼間いくらこまめに世話をしても子どもが帰って来ると取り上げられ、みわ~んがせっかく可愛いキャラを育てても「これはウチのたまごっち!」とか言って雑に取り扱われ、挙句の果てに死なれてしまう。
何度かこんなことが続くうちに、だんだん世話が面倒くさくなった。
食事とトイレの世話くらいならそれほど手間を取らないのだが、その合間にやれ病気だ、機嫌が悪い、変な親父が行商に来た、お見合いオババが来たなどなどイベントが多すぎる。
そのたびにピロピロ、ピロピロ鳴る。
あんまりうるさいから音を消すと、そのまま忘れてしまって子ども達が学校から帰って来る頃には瀕死の重態になっていたりする。あやうく「たまごっち殺し」のレッテルを貼られるところだった。
みわ~んだけではなく、世のお母さん達の多くはこのたまごっちに悩まされているのではないだろうか?
PTAの集まりとかで話し合いをいていると、あっちのバック、こっちのポーチから「ピロピロ」と呼び出し音が聞こえて来る。
その音にいち早く反応するお母さんはみわ~んのように昼間の世話を押し付けられているお母さんだ。
なんか気妙な連帯感が湧く。
「お宅もたまごっちの世話を押し付けられてるんですか?」
「そうなんですよ。もう面倒くさくて。でも死ぬと子どもに怒られるから。」
「うちもですよ。うちは子どもが3人だからたまごっちも3個なのよ。」
「うわっ!それは大変ですねぇ。」
なんて具合に話が弾む。
そして最後には必ずこの言葉で一致する。
「子どもの世話だけでも大変なのに、たまごっちの世話までやってらんないわよねぇ~。」
お母さん達はみんな大きくうなずいていた。
たまごっち。
子ども達はそれを使ってお友達と楽しく遊ぶ。
たまごっち。
お母さん達は世話を押し付けられちょっとうんざり。でもそんなお母さん同士の連帯感を生む。
そんなたまごっちは、結構優秀なコミュニケーションツールなのかもしれない。でも世話は面倒。