今日は父の日だ。嫁に行ってからは離れて暮らしているから(と言っても実家は近所)、なかなかお父さんについてじっくり考える機会がないので、この機会にお父さんについて書いておこうと思う。
今回の徒然日記はちょっとシリアス。(笑いを求めている方はご遠慮ください。)
みわ~んのお父さんは今、アルコール依存症と戦っている。
いつ頃からかは、はっきりと憶えていないので多分みわ~んが物心ついた頃にはすでにその兆候があったのかもしれない。
お父さんは酒を飲むと機嫌が良ければ家族にいろんな食べ物を買って来ては「これ食え、これ食え。」言い、機嫌が悪いとよく叩かれたりした。典型的な酒乱タイプだった。
普通父親がこんな感じだと、母親は家出、子どもは非行に走ってしまうことが多いらしいが、我が家がなんとか家族として一緒に暮らし続けることが出来、みわ~んもグレたりしなかったのは、ひとえに母親の信仰とみわ~んが生まれた時の出来事が大きく関わっていると思う。
母は敬虔なクリスチャンだ。たとえ酒によった父に暴力を振るわれても決して逆らうことをしなかった。そして子ども達には「聖書には父と母を敬えと書いてあるから、あんた達もお父さんを敬いなさい。」と言い聞かせていた。
そしてみわ~んには、みわ~んが生まれた時の事を話してくれた。
みわ~んが生まれた時血液型の不適合が起こり、全身の血液を輸血交換しなければならなかった。
医者は「ほとんど助からないでしょう。」と言っていたが、みわ~んのお父さんは最後まであきらめずにみわ~んを大きな病院に連れて行き、輸血をしてくれる人を探してくれたそうだ。
そして母は「あんたが生まれたのも、その後生きることが出来たのもお父さんがいたからだよ。だからお父さんを敬いなさい。」と話してくれた。
その話を聞いたからか、みわ~んはお父さんから愛されていると実感し、酒に酔ったお父さんにぶたれてもあまり恨む気持ちが起きず、お父さんの癒しのために祈るようになった。
でもお父さんの依存症はどんどん悪化し、小学校3年生の時にはついに末期症状まで表われた。
当時医者に「もってあと5年。」と言われていたらしい。
そんな時家族で旅行に行く話が持ち上がった。旅行といっても日帰りなのだが、栃木県の船生という所にしかも家族4人と教会の牧師先生が一緒に行くことになった。わざわざ先生が車を運転してくださった。
子ども心に「これが最後の家族旅行になるかもしれないな。」と思っていた。
船生では川で遊んだり、釣をしたりした。
そしてお昼ご飯を食べた後、先生が聖書の話をして下さった。
エゼキエル37章の記事だ。谷間に多くの干からびた骨があり、神さまはエゼキエルに「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」と問いかけ、「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主の言葉を聞け。神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き込まれるので、おまえたちは生き返る。」と聖書には書いてあった。
そして先生は「このことを信じますか?」と私達家族に聞いた。「神さまならそれができると思います。」と家族でその言葉を受け止めた。
干からびた骨を復活させることが出来る神さまなら、お父さんをも回復してくださると信じた。
それからお父さんは依存症の治療のために入退院を繰り返し、依存症を克服した。
それからの十数年はお父さんも元気に働き、時々喧嘩もしたりはしたが家族で幸せな時を過ごしていた。
しかし、子ども達がそれぞれ結婚し孫達が生まれてから、父の依存症が再発してしまった。
といってももう年のせいか、昔のように酔って暴れたりはしない。でも飲み方が良くない。
セーブがきかないから具合が悪くなるほど飲んでしまう。何度か救急車を呼ばなきゃいけない自体にまで陥ることもあった。みわ~んも一度付き添ったことがある。
子どもが独立して親の役割を果たしてほっとしたからかもしれない。本人や家族が「これくらいは大丈夫だろう。」とお父さんが少しの酒を飲むのを止めなかったこともあるだろう。
お父さんが再び依存症になり、みわ~んはとても失望した。「子どもや孫が可愛くないのだろうか?」「なんで酒を飲むのを我慢できないのだろう。」とお父さんを裁いたりもした。
でも「お父さんはなんでそんなになるまで酒を飲むのだろう?」と考えてみた。
依存症の人は過去に心に大きな傷を抱えている場合が多いことは知っていた。「ではお父さんを傷つけた過去の出来事とはなんだろう?」今のみわ~んには知る由もなく、また本人でさえ分からない心の奥底にある傷なのだろう。依存症になってしまうくらいの傷、本人にはどうすることもできない。
苦しいのは家族だけじゃなく、本人が一番苦しいんだと思うようになった。
そんなことを考えているうちに、「私は何でお父さんの依存症が治るように祈っていたのか?」と思い巡らしてみた。もちろん健康な体になって欲しいと思ったのは確かだが、その奥底には「元気になって働いてもらい、不自由な生活から何も心配のない生活をしたかったから。」という、本当に自己中心的な動機で祈っていたことを示された。私は本当の意味でお父さんを敬い、愛していたのではなかったことが分かり、神さまの前で悔い改めた。
そして今は「たとえ依存症が治らなくてもいいから、お父さんの心の傷が癒されるように。神さまを信じて魂が救われるように。お父さんの魂そのものを愛することができるように。」と祈っている。
神さまは約束を違えることはなさらないお方だ。子どもの頃にみことばによってお父さんの体と魂の回復を約束してくださった神さまは、今も変わらずその約束を果たそうとしておられること信じている。
余談だが、お父さんが酒に酔って良いこともある。
素面の場合は教会や神さまの話をすると機嫌が悪くなるが、酔っていると何故かそんな話も喜んで聞いている。時には自分から祈る時もあるのだ。孫達と食前の祈りをしたり、健康診断の結果が悪かった母のために一度祈り、その後その祈りが聞かれないと大変だからと念のためにもう一度祈ったり。
(これは本人には内緒ですからね。NGCの皆さん)
「でも同じスピリットに酔うなら、酒ではなく聖霊に酔って欲しいね。」とみわ~んと母は苦笑しながら思うのだった。
今回の徒然日記はちょっとシリアス。(笑いを求めている方はご遠慮ください。)
みわ~んのお父さんは今、アルコール依存症と戦っている。
いつ頃からかは、はっきりと憶えていないので多分みわ~んが物心ついた頃にはすでにその兆候があったのかもしれない。
お父さんは酒を飲むと機嫌が良ければ家族にいろんな食べ物を買って来ては「これ食え、これ食え。」言い、機嫌が悪いとよく叩かれたりした。典型的な酒乱タイプだった。
普通父親がこんな感じだと、母親は家出、子どもは非行に走ってしまうことが多いらしいが、我が家がなんとか家族として一緒に暮らし続けることが出来、みわ~んもグレたりしなかったのは、ひとえに母親の信仰とみわ~んが生まれた時の出来事が大きく関わっていると思う。
母は敬虔なクリスチャンだ。たとえ酒によった父に暴力を振るわれても決して逆らうことをしなかった。そして子ども達には「聖書には父と母を敬えと書いてあるから、あんた達もお父さんを敬いなさい。」と言い聞かせていた。
そしてみわ~んには、みわ~んが生まれた時の事を話してくれた。
みわ~んが生まれた時血液型の不適合が起こり、全身の血液を輸血交換しなければならなかった。
医者は「ほとんど助からないでしょう。」と言っていたが、みわ~んのお父さんは最後まであきらめずにみわ~んを大きな病院に連れて行き、輸血をしてくれる人を探してくれたそうだ。
そして母は「あんたが生まれたのも、その後生きることが出来たのもお父さんがいたからだよ。だからお父さんを敬いなさい。」と話してくれた。
その話を聞いたからか、みわ~んはお父さんから愛されていると実感し、酒に酔ったお父さんにぶたれてもあまり恨む気持ちが起きず、お父さんの癒しのために祈るようになった。
でもお父さんの依存症はどんどん悪化し、小学校3年生の時にはついに末期症状まで表われた。
当時医者に「もってあと5年。」と言われていたらしい。
そんな時家族で旅行に行く話が持ち上がった。旅行といっても日帰りなのだが、栃木県の船生という所にしかも家族4人と教会の牧師先生が一緒に行くことになった。わざわざ先生が車を運転してくださった。
子ども心に「これが最後の家族旅行になるかもしれないな。」と思っていた。
船生では川で遊んだり、釣をしたりした。
そしてお昼ご飯を食べた後、先生が聖書の話をして下さった。
エゼキエル37章の記事だ。谷間に多くの干からびた骨があり、神さまはエゼキエルに「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」と問いかけ、「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主の言葉を聞け。神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き込まれるので、おまえたちは生き返る。」と聖書には書いてあった。
そして先生は「このことを信じますか?」と私達家族に聞いた。「神さまならそれができると思います。」と家族でその言葉を受け止めた。
干からびた骨を復活させることが出来る神さまなら、お父さんをも回復してくださると信じた。
それからお父さんは依存症の治療のために入退院を繰り返し、依存症を克服した。
それからの十数年はお父さんも元気に働き、時々喧嘩もしたりはしたが家族で幸せな時を過ごしていた。
しかし、子ども達がそれぞれ結婚し孫達が生まれてから、父の依存症が再発してしまった。
といってももう年のせいか、昔のように酔って暴れたりはしない。でも飲み方が良くない。
セーブがきかないから具合が悪くなるほど飲んでしまう。何度か救急車を呼ばなきゃいけない自体にまで陥ることもあった。みわ~んも一度付き添ったことがある。
子どもが独立して親の役割を果たしてほっとしたからかもしれない。本人や家族が「これくらいは大丈夫だろう。」とお父さんが少しの酒を飲むのを止めなかったこともあるだろう。
お父さんが再び依存症になり、みわ~んはとても失望した。「子どもや孫が可愛くないのだろうか?」「なんで酒を飲むのを我慢できないのだろう。」とお父さんを裁いたりもした。
でも「お父さんはなんでそんなになるまで酒を飲むのだろう?」と考えてみた。
依存症の人は過去に心に大きな傷を抱えている場合が多いことは知っていた。「ではお父さんを傷つけた過去の出来事とはなんだろう?」今のみわ~んには知る由もなく、また本人でさえ分からない心の奥底にある傷なのだろう。依存症になってしまうくらいの傷、本人にはどうすることもできない。
苦しいのは家族だけじゃなく、本人が一番苦しいんだと思うようになった。
そんなことを考えているうちに、「私は何でお父さんの依存症が治るように祈っていたのか?」と思い巡らしてみた。もちろん健康な体になって欲しいと思ったのは確かだが、その奥底には「元気になって働いてもらい、不自由な生活から何も心配のない生活をしたかったから。」という、本当に自己中心的な動機で祈っていたことを示された。私は本当の意味でお父さんを敬い、愛していたのではなかったことが分かり、神さまの前で悔い改めた。
そして今は「たとえ依存症が治らなくてもいいから、お父さんの心の傷が癒されるように。神さまを信じて魂が救われるように。お父さんの魂そのものを愛することができるように。」と祈っている。
神さまは約束を違えることはなさらないお方だ。子どもの頃にみことばによってお父さんの体と魂の回復を約束してくださった神さまは、今も変わらずその約束を果たそうとしておられること信じている。
余談だが、お父さんが酒に酔って良いこともある。
素面の場合は教会や神さまの話をすると機嫌が悪くなるが、酔っていると何故かそんな話も喜んで聞いている。時には自分から祈る時もあるのだ。孫達と食前の祈りをしたり、健康診断の結果が悪かった母のために一度祈り、その後その祈りが聞かれないと大変だからと念のためにもう一度祈ったり。
(これは本人には内緒ですからね。NGCの皆さん)
「でも同じスピリットに酔うなら、酒ではなく聖霊に酔って欲しいね。」とみわ~んと母は苦笑しながら思うのだった。