日本の大学の授業料は
一学期いくら
とざっくりな値段から成り立っていて、
単位をいくらとっても
値段が変わることはありませんが


アメリカの大学は通常
単位ひとつごとに値段が付いています。
何単位とったらいくら
と、学期の授業料は取る単位でかわってくるわけです。

(つまり卒業するには最低単位分のお金が必要!)

日本では
”あら、この授業ちょっと楽しそう”
って簡単に履修できたし、
はたまた単位を落として
また取らなきゃいけなくても、へっちゃらです。

アメリカではそうもいきません。

”単位を買ってる” という概念がとっても強いので
そりゃもう、元取るために勉強する他ありません。

資本主義のシビアな面だなぁ
ってよく思うんですが

アメリカではお金が人間を動かしてるのがよく見えます。

”人情”よりも、
手助けを売る/買うという概念が強いし、(チップの為だけに愛想良くするとか)

お金が関わらなければ無駄なことはしなかったり

文化も教育も、お金の上で成り立っているから
こんなにもヨーロッパやアジアとは違うんだわ~、と。

歴史が残してきた人間の知恵や文化って
お金では取引できないものだから
残していくべきなのですね~。

って、あまり日本文化には興味がなかった自分が
そんなことを思ってきているのに
驚いています~。


日本にも、”やりすぎ”な所はありますが

アメリカの”やりすぎ”な部分も困りものです。

大学についてはモチベーションが上がって
良いかもしれないけど、

それでまた
教育の格差が広がってしまうのも悲しいお話。









グループで話をしていると

大半が共感できるような話が
盛り上がるものです。

ここだと、いわゆる
アメリカのあるある話
なわけですが、

外国人の私には経験がないことばかり
話題になって、
話に積極的に入っていけなかったりして。。

日本人精神で相手の話を妨げたくないし、
どうせ日本とアメリカの文化の違いを
伝えたところで

また”異文化比べ”か~…

とかなるのもなんか嫌だし。
と、自分自信で思ってるだけなのだけど。


自分が日本人である以上
文化の違いは何にもあるのだけど
そのひとつひとつについて語るのが
ちょっと面倒くさい時期になっています。


ケントにいる大半のアメリカ人は
他国に住んだ経験がないから
異文化について聞いてもあまり実感は
湧かないだろうし、

”日本ではこうだよー!”
って伝えても

”へー!”
しか出てこないんです。

トリビア。

私は自然と
自分の国を理解するために
(日本ていろいろややこしい国だと思う。)
他国との文化を比べちゃうんだけど

多くのアメリカ人は自国がイチバンだから
他にはあんまり興味がないのかなぁ。

だからって異文化比べを
自分の中だけで楽しむのがいいのか
と言ったら勿体無い気もするし…


これがやっぱりアートを通してだと
うまくいくんだけどな!


だから制作するしかない
という
結論。

今回のニューヨーク旅行は
なかなかツボに入る作品たちに出会えなかった。

いや、でも宿題の感想文を書いてみると
意外と実りの合ったものだったかも?

ちょっと消化するのに時間がかかるものたちが
多かったのかなぁ。

知らないアーティストばかりで
理解できないことが多すぎる。

実は熟練のアーティストだったと今頃気づかされると
なんだ、もっとじっくりと見てくればよかった
とか思うのだけど


でもやっぱりその場で胸に突き刺さるものがなければ
それだけの話なんだよね。

アートってなんなのかしらぁ。


ギャラリーの中の作品より
マンハッタンを歩いて見える
ショーウィンドーたちの装飾に感心して
見入っていた私。

ビジネスの上にアートを乗せるのか

アートの上にビジネスを乗せるのか


いったい私はどうしたいのでしょう!


やっぱり日々の生活を明るくできるものとか
事実を見つめる力を付けられるような…

それって
どっちも正反対なことだから


私は両端に引っ張られてるって感じです。

どちらかを極端に引き出せば
片方は自ずと浮き出されるものかなぁ。