家探しで父と意見が合わず、何度話しても理解してくれず、

最近実家に行かないでいた。

 

父の日に久し振りに行くと、1回目のワクチンを接種した後

だった。2回目も近い内に打つと言う。

その送迎には、兄が行っていた。2回目も行く事になっていた。

兄は、悪性リンパ腫でやっと寛解したばかり。

兄に電話すると、寛解した兄までも接種すると言う。

公立病院の担当医が、

「毎日バタバタと亡くなって逝くので、

              ワクチンが早く出来て良かった」

と兄に話し、接種を促したようだ。

兄は、「担当医の話に納得したから打つ。」と言う。

そんな兄だから、父の接種にも何も反対しなかったのだろう。

兄に、

「どうして接種を反対しなかったの?」

と聞くと、

「打ちたいって言うんだから打たしてやればいい。

     打つ打たないは本人の自由だからな!」

と聞く耳を持たず電話を切られた。

私は、

「折角寛解したのに、私は反対だよ」

とだけ言っておいた。

 

治験のデータは無く、動物実験では200匹以上が死に10年間

承認されていないワクチンもどきだと言う事実を知らない。

 

450人の医師や議員が『ワクチン接種中止』の嘆願書を厚労省

に提出し、6月24日には、340人が記者会見をした。

 

内訳

医師   210名

歯科医 180名

議員   60名

合計  450名

嘆願書提出

サンスポだけが記事にしている。

 

ワクチン接種による死者は、6月23日までには356名に達している。

接種当日~5日以内の死亡が70%。

 

6月23日に2回目のワクチンを接種した父宅に、当日の夕方

心配で出掛けた。元気で高熱も出ず、今の所大丈夫だった。

今日も夕方電話したら元気だった。

5日後の28日まで油断はできない。

 

         

先日の命日を、愛犬の大好きだったスイカとキュウリと、

花は庭のアジサイとグラジオラスをお供え。あじさい

どうしても忘れられない花。

葬式の日、庭の花を主人がかき集めた。

それが、アジサイとグラジオラス。

あの頃は、今よりもいっぱい咲いていた。

 

この家、この地域に住んでいる限り想い出があちこちに

溢れかえっている。引っ越せば、『無』 になる。

最近、お線香を上げる度にそう思える。

 

中古で買った家ではあるが、愛犬の魂が生きている。

とは言え、日々想い出が薄れて行く。

年齢と共に忘れて行く。

元気だった頃の写真も動画も余り見たくない。

悲しみしかないから・・・。

 

未だに2匹のお骨は祭壇にあるまま。

傍にいて欲しい。私と一緒にお墓に入って欲しい。

今はそういうお墓、お寺さんが増えてくれて、

絵空事では、なくなった。

 

愛犬2匹の葬式と火葬をお願いしたお坊さんに、

2年前伺ったところ、

「お骨は手元に置いても構わない」と言われ、

心置きなく傍にいてもらえる。

 

ふと、空を見上げる。見てるかなあ?

正月の三が日、父の食事を作りに行った。

ヘルパーさんが休みだという事を昨年正月に知り、

今年は私が作るという約束。

鍋もボールもどこにあるのか、扉を覗くのも嫌。

汚くて何が出て来るか分からない。

その為、自宅から鍋と食器、まな板、包丁、布巾等

持参。当然、作った料理と食材も持参。

マイバスケット2個とエコバッグにいっぱい入れて

行った。

大晦日に購入したお節と30日から下ごしらえしてお

いたお雑煮とおでん。

父は、お節は好きか、私の味のお雑煮は好きか、

良く分からない。昨年は、1回だけお雑煮を持参し

たがそれが好きかは分かっていない。

初めて分かった事。

お餅が好き。

栗きんとんが好き。

イチゴが好き。

お雑煮の大根は余り食べない。

父の母、つまり祖母は江戸っ子の為、おすましに

鶏肉と葉物野菜と焼いた餅を入れた雑煮を作っ

ていたようだ。

主人のお母さんも江戸っ子の為、同じ作り方だ。

 

私の母の作り方は餅を焼かずに入れる。

大根、里芋、花形人参、鶏肉、お椀の上には、

ホウレン草、カマボコ、おかか、三つ葉を乗せる。

調理に時間が掛かるので、今回は30日から作り

始めた。父も主人も餅を焼いてから入れる家庭

だったので、今回は自宅で軽く焼いてから持参。

薄味になってしまったが、食べてくれた。

 

3日間が限界。4日目は疲れ切って寝込んでいた。

一人分だけ持参なら楽だが父が、

「一緒に食べよう」

というので3人分持参。

来年は、もっと効率良くやらなくてはと反省。

 

3日間、お節を出したら毎回、

「お正月らしいなあ」

とニコニコして言っていた。

継母は、お節もお雑煮も作らない人だったので、

その言葉が何度も出たんだなあと後で分かった。

 

父の為に、後悔しない様に・・・それを心にとめて

正月の三が日を過ごした。

私達兄弟は、高齢の父に最後の最後まで心配を

かけ迷惑をかけている。せめてもの償い、お礼。

残り少ない父の人生を悔いのない様に生きて欲

しい。

 

事あるごとに、

「だから、ここに一緒に住めばいいのに・・・」

と言ってくれるが、どう考えてもいつか無理が来る。

せめて、度々顔を出すようにするしか今のところ

出来ない。

父が今回喜んでくれただけでいいヽ(^o^)丿