本年も
  よろしく
     お願い致します

今年は
穏やかなに
日々送れますように🐍🐍🐍 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒過ぎて寝室にストーブを運んで

あったまっている所。

 

今年も余りブログを載せる事が

出来ませんでした。

 

父との同居

父の自宅の名義変更

30人近くの相続人と

遺留分の支払い

父の遺言の手続き

 

そして

父の急激な異変

入院

そしてそして

急死

 

すぐさま

相続の手続き

 

まだ途中です

これからが大変!

 

父と同居してわずか一年ちょっとで

天に召されました

最後は穏やかな顔だった事が

せめてもの救い

まだ現生を彷徨っている事でしょう

 

この一年は

余り楽しい話題が無かったですが

来年は少しでも笑って過ごせる日が

続く事を祈ります。

 

皆様

一年間ありがとうございます

来年も良い年になりますように🐍🐍🐍

 

内容とは関係ない、

愛犬が大好きな公園を隅々まで散歩していた頃💕

 

母という人。

若い頃の写真は、ハリウッド女優の様な美人。

でも物心がついた頃からずっと太ったまま。

 

子育てはあんまり興味ない母。

教育と躾は主に父がしていた。

 

母は戦後の混乱と好景気を何とか乗り切り、

父と立ち上げた会社を日々休まず働いて来た。 

 

住み込みの従業員、姑、子供の世話と家事、

会社経営と身を粉にし会社の向上の為に

頑張り抜いた人。

 

当然、従業員の人望は厚く、同業者からも信頼

されていた。

 

その間、父は選挙応援と会合、宴会に従事??し、

会社経営には無頓着の人。

母の切り盛りは相当大変だっただろう。

父が会社から持ち出した金を、従業員の給料と福利に

廻せばどれだけ従業員が支持し、退職しなかった

だろう。

 

追い出された母は、その後一年位で新しい男性と

同棲、入籍。

母が引っ越す度に弟と二人、外回りの従業員に

連れて行かれた。

 

母の荷物は少なく質素な生活に、涙を堪えていた

記憶がある。その当時の母は随分痩せていた。

 

あれだけ会社の為に働いた母がこんな仕打ちを、

父から受けているのか!

子供だった私は、いつか母が戻って来てくれる

と信じて待っていた。

 

続きは、またーー。