goyamelonのブログ -28ページ目
時間が過ぎてしまいましたが、
6月に、もう13回目を迎えました。
悲しみの重さは今も同じ。
寂しくて寂しくて・・・
周りの人は次を飼えばいい、
という。
自身の余命を考えたら当然無理。
それが、
更に深い悲しみへと誘う。
何故こんなにいつまでも、
孤独の中にいるのか?
最近一つの答えが出た。
それは、
忘却できないから。
今までの思い出を忘れる事が
出来た時に、
初めて寂しさのどん底から
這い出るのかも。
お供えのお花、
今年は紫陽花が2輪と
一年中咲いている金魚草を
添えた。
火葬する時は、愛犬の周りに
プランターから採取した
たくさんの紫陽花とグラジオラスを
散りばめた。
肝臓ガンでお腹が大きく腫れ上がり
硬くなっていた。
それを隠すように、いっぱいの花で
覆った。
助けてあげられなかった、
もっと他の獣医がいたかも知れない。
手遅れになるまで気が付かなかった。
何もかも後悔する事ばかり。
ずっとそばにいて欲しかった。
いつかは終わる命。
自問自答の十三回忌。
雲の上で何をしているかなあ?( ;∀;)
大切な愛犬を、
無情にもガンで亡くしてしまった者には
耐えられない話ですね。
麻耶ちゃん、
すぐ引き取って欲しい。
無理なのかなあ?
今回で3回目。
段々要領良くお墓参りできるようになった。
主人が線香セットとお水を持ってくれて、
私は、父を介助して歩く。
前回、左足の怪我で2ヵ月位治らなかった。
痛めた左足の甲の骨が飛び出たままで、
そこが酷く痛くてずっとビッコを曳いていた。
病院へ行けば良かったが、2週間位で治る
怪我だと思い込んでいた。
父と私達が怪我をしない様にだけを、
最大限に気を付けたお墓参りとなった。
必ず転ぶ父の弟の墓は、主人一人がお線香を
上げに階段を登る、と決めていた。
なのに主人は、それを無視して父にお線香を
上げに階段を登らせてしまった。
私はお墓廻りに雑草が多数生えていたので、
下を向いて取っていた。
お線香を上げていた父に、
「そこで待っていて、動かないで!」
と私が言い、主人に介助を頼んだ。
父が、
「いいよ、草取りは」と言い、
主人と二人で坂道を降り、車へ行ってしまった。
私一人が草取り。
このお墓は、いつも草ぼうぼう。
誰一人お墓参りをしていない。
市内に姉弟二人が住んでいるのに何故か?
私の従兄弟ではあるが、葬式以外合わないので、
事情は分からない。
ここのお墓は、以前にも話したが車を3ヵ所へ
停め直さないとお参りできない山と急坂。
この日は上着もいらない良い気候だったので、
真夏の過酷なお墓参りよりは全然楽だった。
継母の身内のお墓参りを終えた時、父が
「死んだらこっちはお墓参りをしなくいいからな」
と言った。私は、
「行かないよ!」
と即答してしまった。
その時の父の顔は見なかったが、悪い事を言って
しまったなと後から思った。
でも、継母の親族とは付き合いもないし、継母が何人
兄弟か最近父に聞いたが忘れた。
一番の不愉快な出来事は、私の結婚披露宴で継母の
長兄に父が事前に挨拶の依頼をしたが、いざ披露宴
では、マイクを持ちながら大声で、
「挨拶なんて聞いてない!」
と言っていた事。
そのテーブルの前は、主人の親友達が座っていた。
更に、継母も親友達の真正面に座っていたが、
最後まで憮然とした顔でニコリともしなかったそう。
最悪な結婚式の披露宴にされた。
こんな人達を父は何故招待したのか?
当時は怒りでいっぱいだった。
そういう人達である以上、身内意識はない。
それでも、継母のすぐ上の姉は優しくて穏やかな人。
継母の母親も同じ様な人である。
父がどうしてもお墓参りをしたいなら、これからも
思い通りにさせてあげたい。
全部で7ヵ所のお墓を間違えずに行ける父の
記憶力には感服する。
急にお墓が増えていたり、道路が変わっていたり、
父がいなければ、きっともっと時間が掛かるだろう。
「お墓参りの帰りに、うなぎを食べに行こう」
と言う電話が急にあったので、日曜日のお墓参りの
予定を変更した。
うなぎ屋さんは日曜日が休み、予約の電話を急遽し、
辛うじて予約できた。
去年の父の誕生日に行ったうなぎ屋さん。
父も以前は、仕事関係で何度も行っていたそうだ。
このお店がお気に入りなようだ。
次も何かのお祝いの時は、ここにしよう。
7ヵ所のお墓のご先祖様に、
「父をこれからも守って下さい」
とお願いして来た。
無事に怪我もなく、お参りできて感謝。

