延暦寺不滅の法灯は1571年織田信長の全山焼き討ちにより法灯のある根本中堂を始めほぼ全ての堂宇が焼失した。この時は立石寺に分灯されていた為、逆分灯により不滅の法灯は守られた。しかし1435年足利義教との確執時の延暦寺山徒自らが根本中堂に火をかけ焼失させた時と豊臣秀吉時代の台風による根本中堂倒壊時に法灯は焼失している。1435年には立石寺への分灯はさらておらず、どのように不滅は守られたのか?また秀吉時代にはどのように回復させたのか?次回へ