朝目覚めると雨が降っていた。

『今日は早起きして買い物に行こう』

そう決めていた僕の決意は、雨によってあっさりと流されて行った。

憂鬱な雨を、磨り硝子越しに、さらに3Dメガネをかけて薄目で見ながら、またあの日の事を思い出していた…。

そう、雨の日は決まってあの時の記憶が蘇える。まるで雨の水滴が記憶に栄養を与えてるみたいだ。

あれはまだ僕が高校生で、広末涼子と本気で付き合えると思ってた頃の話だ。



8月の蒸し暑い日で、朝から今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした曇り空だった。僕は、購入した覚えも、いつから持っているかも記憶にないビニール傘を持って駅に向かっていた。

しかし駅に着く頃には、誰かが、カメハメ波を放ったかのように、曇り空は消し飛び、一瞬、元気玉かと見間違えるぐらい太陽が光り輝いていた。

しまった…。。

そう思い恐る恐る辺りを見回すと、やはり誰1人傘を持っていない。

最悪だ、傘を持ってない人間は、『雨は降らないだろう』と適切な判断を下して、見事効を湊している。

一方僕は完全に判断ミスを犯して、今日1日邪魔な傘を持ち歩いていなければならない、デートの約束なんてしてたものなら『えっ、何で傘持ってんの?』と確実に彼女にツッコまれるだろう。

もはや、傘を持ってる僕は、傘を持っていない人間より劣っている、そう言わざるをえない。

『おいおい、あいつ傘持ってるよ、とんだ臆病者だな。』

きっとそう陰口を叩かれてるだろう。


そんな時、前からパイナップルを小脇に抱えたお爺さんが歩いて来た。

『しめた!このじじいの後ろを歩いてれば、傘を持ってる事ぐらいごまかせる』

そう思った僕はパイナップルじいさんの後ろをぴったりマークした。
しかしとんでもない事に気がついた。

真夏の太陽が照りつける中、ビニール傘を持ち歩いてる僕は滑稽だが、
真夏の太陽が照りつける中パイナップルを持ってても、全く違和感がない事だ。

いや、それどころか、夏らしさを演出するアイテムとして、より夏を盛り上げている。ハイネケンを持ってないのが不思議なくらいだ。

『雨よ降れ!』

僕は願った、どうか、このじじいをどしゃ降りの雨の中、傘もささずパイナップルを抱えて歩いてる変態にしてくれ!

そして僕を救ってくれと…。



すると、握りしめた手に冷たいものが落ちてきた。


でも雨は降ってない‥。



真夏の太陽が照りつける中、ビニール傘を持ち、両手を握りしめ、祈りながら泣いている変態が、ショーウィンドウのガラスに映っていた…。