前回記事:(下記からの続きです)

『勝海舟』その1 ~ 闘争劇・倉本聰と『北の国から』前夜 ~

https://ameblo.jp/mituko-naotora/entry-12431910352.html

 

● 講談社の女性週刊誌「ヤングレディ」には、倉本聰の意に反したセンセーショナルな見出しが、倉本に無断で掲載されていた。「内部告発」を想起させるその内容を、倉本はNHKから厳しく詰問される。

 

● 悔しさのあまり、倉本は自身でも意識しないうちに羽田空港から北海道へと飛ぶ。ススキノで夜な夜な飲んだくれつつ、『勝海舟』の脚本を航空便にてNHKに送る日々であったが、遂に『勝海舟』は降板することとなる。

 

● 倉本は脚本家の廃業を考えていたが、東京から業界関係者の訪問を受け、テレビ業界や芸能界の内幕を描いたフジテレビのドラマ『6羽のかもめ』で復帰する。

 

● 『勝海舟』は最後に松方弘樹のNHK批判まで表沙汰になるが、視聴率は大河ドラマ歴代の幕末ものの中でも高かった。現在『勝海舟』はNHKオンデマンド、DVDともに総集編しか観ることが出来ない。だが倉本聰のシナリオは勿論のこと、他にも見どころが非常に多い。特に渡哲也と松方弘樹のふたりの俳優が表現する勝海舟の違いや藤岡弘、が演じた坂本龍馬(竜馬)の最期、そして萩原健一の人斬り以蔵などは貴重な映像である。

 

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 演出を担当していたNHK勅使河原平八ディレクター(当時)との確執は強まってはいたが、倉本聰は『勝海舟』の仕事を楽しんでいたという。

 

  だが…1974年6月のこと。 倉本にNHKの広報を通じて講談社の女性週刊誌「ヤングレディ」(1987年廃刊)から取材の依頼がやって来る。

 

 

 「ヤングレディ」記者は最初からNHKの体質を批判する記事を書きたかったらしく、そういう態度が随所に見え、これに対し倉本は徹底的にNHKを弁護する側にまわって取材を受けていた。記者は面白くなさそうに話を聞いていたのだが、記者は倉本に、

 

「それではNHKに対し全く文句がないのですね?」

 

と質問を投げかけた。倉本はこれに対し、いままでの勅使河原平八ディレクターとの確執や、NHKの組合問題の複雑さを語ってしまったのであった。取材が終わって記者と別れた後、倉本は嫌な予感がして記者の纏めた記事を確認することにした。

 

 『ヤングレディに電話を入れ、ゲラを見せて欲しいと要求した。そのゲラを見て僕は仰天した。NHKを弁護した一時間余りの主文は全てカットされ、最後にしゃべったところだけが過激な口調に変えられて拡大され、いわば殆どデッチあげられたNHKへの告発文になっていたのである。僕は急いで編集部へ電話を入れ記事の差止めを要求した。するとその記者とデスクが現れ、今日が最後校了の日だから今さら何ともならないという。


 激怒した僕は二人を家へひっぱりあげて改めて目の前で記事を書かせた。そうしてもう一度ゲラを見せて欲しいと迫った。デスクは、最終ゲラは明朝朝四時にしか出ないとふてくされた。ならば朝四時に僕の方から貴社へうかがってゲラを拝見するというと、もう半分喧嘩状態になっていた。彼らは「ご勝手に」という捨てゼリフを残して去った』  (倉本聰『愚者の旅: わがドラマ放浪』より)


 「ヤングレディ」記者に記事を訂正させたその日の朝、倉本聰は電話で叩き起こされる。NHK制作部長とプロデューサーのN氏からであった。

 

 「朝刊見ましたか?ヤングレディの広告を!」

 

 すぐ行く、と言われて電話が切れ、倉本は朝刊の広告を見て愕然とし手が震えたという。

 

 『倉本聰氏、「勝海舟」を内部から爆弾発言』

 

 大きな活字が踊っている。ゲラには見出しが書かれていなかった。粉飾された文につけられた見出しは、そのまま新聞に載ってしまったのだった…。

 

 倉本宅に家に到着したNHK制作部長とプロデューサーN氏に発売したばかりのヤングレディを見せられた倉本。文章は今朝チェックした通り確かに改められていたのだが見出しだけは…巧妙に訂正を逃れたのか、倉本の意図しない刺激的かつ過激なモノであった。


 倉本は「あの日、それからの屈辱と口惜しさを僕は一生忘れないだろう」と書いている。

 

 

 謝罪する以上弁明はしまいと心に強く決めていたものの、昨日までの仲間がてのひらを返したように誹謗する吊るし上げの波に、倉本は1時間以上晒され続けた。誹謗の理由は本読みを含むそれまでの倉本さんの脚本家としての態度、そして今回の広告。ヤングレディの内容には全く触れず、ひたすら倉本聰という脚本家の人間性が標的になった。多少とも自分のことは判っているつもりだったものの、ありったけの憎悪と攻撃に、倉本はショックで打ちのめされた。

 

 『やっと解放され、NHKを出たとき、ふいに涙が胸底から突き上げた。この顔を家人には見られたくなかった。サングラスで目をかくしタクシーに乗って羽田と告げた。北海道へそのまま飛んだ。昭和四十九年、六月十七日のことである』  (倉本聰『愚者の旅: わがドラマ放浪』より)

 

 このとき何故か、倉本の頭には「敗北」という言葉が頭に浮かんだのだという。敗れた者は北に向う…。なるほど「敗南」とは言わないな、と…。あの天下のNHKを相手に前代未聞の事件を起こした。もうこの業界では生きていけないだろう、と倉本は覚悟を決めた。

 

 そのまま倉本は札幌に住み着き、毎日飲んだくれながら2ヶ月は航空便で原稿を送りつづけ、肝臓を壊し、それを理由に正式にNHK降板──。前払いだった原稿料はきれいさっぱりNHKに叩き返し、「貯金が7万円しかなくなった」と奥方から笑いながら電話をもらったそうである。飲み屋のツケは数十万円、貯金は7万円。タクシーの運転手にでもなろうか?それともトラックか?

 しかし、本気でトラックの運転手になろうと免許取得に着手した頃、東京から垣内氏(淡島千景のマネージャー)嶋田親一氏(ニッポン放送時代の先輩)が現れ、その場には中村敏夫氏(のちの「北の国から」「拝啓、父上様」のプロデューサー、さらにのちフジテレビ取締役。2015年5月26日没)も同席する。

「NHKとのトラブル、バッシングに負けてはいけない!あなたは今こそホンを書くべきだ!」

分厚い封筒を差し出され、貧窮と感動のあまり不覚にも涙を流し、倉本は再び脚本を書くことになったのであった。

 

(最終回に続く)

 

 

1974年 大河ドラマ 【勝海舟】データ


[放送]
1974年1月6日~12月29日(全52回)

[原作]子母沢寛『勝海舟』
[脚本]倉本聰、中沢昭二

[音楽]冨田勲

[語り]石野倬アナウンサー

[演出]中山三雄/勅使河原平八 他


初回視聴率30.5%、最高視聴率30.9%、平均視聴率24.2%

 

[出演]

勝麟太郎:渡哲也/松方弘樹

 

勝小吉(海舟父):尾上松緑

梶久(小谷野クマ):大原麗子

たみ:丘みつ子

順(佐久間瑞枝):大谷直子

糸:仁科亜季子

 

島田虎之助:垂水悟郎

杉純道:江守徹

佐久間象山:米倉斉加年

吉田寅次郎:石橋蓮司

岡田以蔵:萩原健一      坂本竜馬:藤岡弘

西郷吉之助:中村富十郎

大久保一蔵:西沢利明

中村半次郎:清水綋治

一橋慶喜:津川雅彦

大久保忠寛:小林桂樹

 

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