幸運の秘訣 「 神頼みする前に、誠実に生きる 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 神頼みする前に、誠実に生きる 」

(2/16)

おはようございます。

901年の今日、2月16日(延喜元年1月25日)に

讒言を受けて失脚した菅原道真が大宰府へ向けて

出発しています。

今日は、菅原道真 の一言

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【今日の一言 2022年2月16日】

「世のためを思い心が誠実であれば、

 祈らなくても、神さまは守ってくださる

(心だに誠の道にかなひなば、

 祈らずとても神や守らん)」

(菅原道真 845 - 903年 学者、漢詩人、政治家)

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自分に良いことがありますように。自分が得することが沢山

ありますように、自分に悪いことが起こりませんようにと

神頼みしてしまうのが人情というものですが、お願いされる

神さまと立場を入れ替えて、神さまの視点で考えてみましょう。

山と積まれたお願いごとの中から、神さまであるあなたは、

どんな人の願いを聞いてあげたくなるでしょうか?

自分の得だけ考えている人の、自分ためだけの願いを聞いて

あげたいでしょうか?

それとも、世のため人のために一所懸命生きている人の世の

ため人のため願いを聞いてあげたくなるでしょうか?

確認するまでもないですね。

あなたが、そうなら、神さまもそうなのです。

このことをしっかり認識して、真摯に生きましょう!

なお、菅原道真が太宰府で亡くなった5年後に、弟子で

あったにも関わらず、師のの失脚に加担した藤原菅根が

雷にあたって死にました。

その翌年、「菅原道真が醍醐天皇を廃立して娘婿の斉世

親王を皇位に就けようと謀った」との讒言で菅原道真を

陥れた藤原時平が39歳の若さで急死します。

そして、この頃から洪水、長雨、干ばつ、伝染病などが

毎年のように続くようになり、「道真が怨霊となり、祟り

をなしているのではないか」と噂されるようになります。

923年には、醍醐天皇の皇太子の保明親王が21歳の

若さで亡くなります。保明親王は、藤原時平の妹・穏子が

産んだ子でした。

醍醐天皇もこれは道真の祟りではないかと考えるようになり、

道真の大宰府行き(左遷)を命じた勅書を破棄し、

その地位を右大臣に戻したうえ正二位を追贈しました。

しかし新たに皇太子となった保明親王の子・慶頼王も、

5歳で夭折します。慶頼王の母の仁善子は藤原時平の

長女でした。

930年には、御所の清涼殿に雷が落ち、大納言の

藤原清貫と右中弁の平希世が亡くなります。そして

醍醐天皇は体調を崩し、崩御するのです。

この一連の出来事をどう受け取るかは、その人の感性

次第でしょうが、少なくとも当時の関係者は、怨念と

考えました。心の奥に「間違ったことをしたかも?」と

いう良心の呵責があったからでしょう。

違う見方すれば、神さまが、菅原道真の応援をしてくれ

たと考えることもできます。

 

「未だ曾て邪は正に勝たず」(菅原道真)

「海ならず たたえる水の 底までも

清き心は 月ぞ照らさん」(菅原道真)