幸運の秘訣 「 地球に思いやりを持つ 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 地球に思いやりを持つ 」

(12/10) 

おはようございます。 

1901年の今日、12月10日に 日本初の公害事件と言われる足尾鉱毒問題について 田中正造が足尾銅山の鉱毒事件について死を覚悟で 明治天皇に直訴しようとしました(未遂)。 

今日は、村名主、政治家、田中正造 の一言

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 【今日の一言 2021年12月10日】

 「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、 

 村を破らず、人を殺さざるべし」 

(田中正造 1841 - 1913年 村名主、政治家)

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 明治時代の話なので、ご存じない方も多いでしょうが、 足尾銅山からの鉱毒ガス(主成分は二酸化硫黄)、排水に 含まれる鉱毒(主成分は銅イオンなどの金属イオン)など の有害物質が周辺環境に著しい影響をもたらしました。

 被害はまず、渡良瀬川の鮎の大量死という形で現れます。 そして、鉱毒ガスやそれによる酸性雨により足尾町(当時) 近辺の山は禿山となっていき、そして、次々と崩れていき ました。 

次に、渡良瀬川から取水する田園や、洪水後、足尾から 流れた土砂が堆積した田園で、稲が立ち枯れるという 被害が続出しました。

足尾町に隣接する松木村が煙害のため に廃村となり、松木村に隣接する久蔵村、仁田元村も廃村に なります。 

この鉱害を明治天皇に直訴することにより止めようとした のが田中正造です。 地球温暖化、SDGsが叫ばれている今のような世の中なら、 主張がすんなり受け入れられていたかもしれませんが、 時代の価値は「富国強兵」。 

この鉱害の被害は、長く止めることはできませんでした。 

時代は変わりました。現代を生きる我々こそ、この言葉 を肝に銘じて、地球環境と人間社会の共存を目指して いかなければなりません。 

 

「デンキ開ケテ世見(セケン)暗夜となれり」(田中正造) 

「何事もあきれてものふ(を)云わぬとも 云わねバ ならぬ今のありさま にくまるゝほどハ沢山にくまれ よ よくにくまるゝ人ぞ人のなる」(田中正造)