幸運の秘訣 「 歳をチャレンジを諦める理由にしない 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 歳をチャレンジを諦める理由にしない 」

(12/7) 

おはようございます。 

1800年の今日、12月7日に伊能忠敬が日本地図の 作成を開始しています。 

今日は、江戸時代の測量家 伊能忠敬 の一言

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 【今日の一言 2021年12月7日】 

「夢追うのに早い遅いはない。追うかどうかだ」 

(伊能忠敬 1745 - 1818年 江戸時代の商人、

  天文学者・地理学者・測量家)

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 伊能忠敬は49歳で家督を譲り、江戸に出て天文学の勉強 を始めたそうです。19歳も年下の若者が先生でした。 

当時門下生の間で「地球の直径はどれくらいあるのか」と いう事が話題になっていました。

そこで伊能忠敬は「北極星 の高さを二つの地点で観測し、見上げる角度を比較する事で 緯度の差がわかり、2地点の距離が分かれば地球は球体なの で外周が割り出せる」と提案しました。 

それを実際にやってみるために、師に相談したところ「江戸 と蝦夷くらい距離があれば大丈夫ではないか」と言われたため、 蝦夷に行く決心をしたのです。 

ただ、蝦夷へ行くには幕府の許可が必要でした。

そこで伊能 忠敬は幕府に、「正確な日本地図を作って、日本の役に立ちたい」 と申し出ました。

幕府は外国艦隊が攻めてきた時に国防に欠かす ことが出来ない正確な地図を欲していて、伊能忠敬の申し出が 受理されます。 

蝦夷に渡ったのは55歳の時。 江戸時代の平均寿命は30歳くらい、でもこれは乳児が死亡 する割合が高かったことが大きく影響しているので、健康 に成人した人でいえば、現代よりマイナス10〜20歳 程度とイメージすれば、おおはずれではないと思います。 

いずれにしても、今でいえば定年を過ぎたころから勉強を 始めて、55歳から71歳まで日本各地を測量して回った のです。 

天文学と地形測量を組み合わせ作製した地図は高い精度で、 100年にわたって日本で使用されたそうです。 

 

「後世の役に立つような、しっかりとした仕事がしたい」 (伊能忠敬) 

「儲けは後回しにし、お客さんが喜んでくれることを やりなさい」(伊能忠敬) 

「歩け、歩け。続ける事の大切さ」(伊能忠敬) 

「徳敬謙譲とて言語進退を寛裕に諸事謙り敬み少も人と 争論など成すべからず。(言葉と行動を緩やかにして, 万事へりくだって、謹んで、少しの争論もしてはならない)」 (伊能忠敬)