幸運の秘訣 「 必死にやれば成ると信じる 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 必死にやれば成ると信じる 」

(9/9) 

おはようございます。 

1751年の今日、9月9日(寛延4年7月20日)に 

上杉鷹山 が生まれています。 

今日は、米沢藩第9代藩主 上杉鷹山 の一言。

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 【今日の一言 2021年9月9日】 

「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 

 成らぬは人の なさぬなりけり」 

(上杉鷹山 1751 - 1822年 米沢藩第9代藩主)

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 アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディが 日本人記者団から「最も尊敬する日本人は誰ですか?」と 聞かれて「上杉鷹山」と答えたエピソードが有名です。 

この時、その場にいた日本人記者の誰もが「上杉鷹山」 を知らなかったとか…。 

当時、米沢藩は、莫大な借財をかかえて身動きが取れない 状態でした。 

そんな中藩主になった上杉鷹山は、傾いた藩を救うため、 「倹約令」を出して役人の贅沢や無駄を正すことから始め、 その後、武士たちを農地開墾に従事させ、広大な農地を生み 出しました。 桑・こうぞ・漆の木を庭に植えさせ、それを原料に「縮織物」 「和紙」「漆器」を製造・販売させ、また、藩校を再興し、 武士だけでなく農民や商人の子も学ばせました。 

このような努力を続け、藩の財政を改善した結果、天明の 大飢餓においても、藩内から1人の餓死者を出さなかった と、その一方で、自らは率先して倹約に努め、粗衣粗食を 徹底したと、偉大な功績として後世に語り継がれています。 

「なせば成る」を体現した人生だったと感じます。 

目標を見据え、智慧を振り絞り、今できることを徹底的に 実行する、率先垂範して背中で理想を示す、このことが、 多くの人ができないだろうなあと思うことを実現する力を 生み出したのですね。 

 

「してみせて 言って聞かせて させてみる」(上杉鷹山) 

「父母の恩は、山よりも高く、海よりも深い。この恩徳に 報いることは到底できないが、せめてその万分の一だけでも と、力の限り努めることを孝行という」(上杉鷹山) 

「働き一両、考え五両、知恵借り十両、コツ借り五十両、 ひらめき百両、人知り三百両、歴史に学ぶ五百両、見切り 千両、無欲万両」(上杉鷹山) 

「人間は、いつも張り詰めた弓のようにしていては続かない」 (上杉鷹山)