幸運の秘訣 「 One for all, All for one. 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 One for all, All for one. 」

(10/21) 

おはようございます。 

1600年の今日、10月21日(慶長5年9月15日) 関ヶ原の

戦いで徳川家康率いる東軍が勝利しています。 

今日は、敗軍の将 石田三成  の一言。 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 【今日の一言 2020年10月21日】

 「大一大万大吉

  一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、

  天下の人々は大吉(幸福)になる」 

 (石田三成 1560‐1600年  

         安土桃山時代の武将・大名) 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 豊臣秀吉に仕え、秀吉の死後は豊臣家を守るため必死で戦った石田三成の 旗印が「大一大万大吉」です。 

今で言えば「One for all, All for one.」「ひとりは皆のために、 皆は一人のために」といった感じでしょうか。

 この精神を大切にした石田三成にはこんなエピソードがあります。

 一つ目、 

豊臣秀吉が開いた茶会で、ハンセン病を患っていた大谷吉継が飲む ふりをした茶には、彼の顔から落ちた膿が入ってしまった。 

これを見た参加者たちは茶を飲みたがらず次々と飲むふりをしてごまかし たが、三成だけはためらわず茶を飲みほした。

この二人は終生の友になった。 

二つ目、 

敗戦後、三成は一人逃走を続け、かつて三成に世話になっていた土地に 住む百姓の与次郎太夫が、彼を近所の山中に住まわせ、食事を運んだ。 

しかし、与次郎の上司にあたる名主に三成をかくまっていることがバレてしまい、彼を差し出すよう命令された。 

当時三成は逃亡中に体調を崩し、下痢を起こして起き上がれないほどで あったが、「もはやこれまで」と与次郎の行いに感謝し、自ら所在を徳川 方に伝えた。 

村から連絡を受けて三成を捕らえたのは田中吉政という人物であったが、 幼い頃より三成と親しい人物であった。

そのため、処刑を待つまでの間 三成を厚くもてなした。 

吉政は「戦の勝敗は天運に左右されるところもある」と三成を慰めると、 「秀頼公のために持てる力を尽くしたが、天に見放されてこうなってしま った。

ただ、何かを恨む気持ちは全くない」と答え、大事にしていた脇差を吉政に託した。

 勝者の徳川家康も「さすが将たる器」と三成を賞したそうです。 

誰かにとって正しいことが、ほかの人にとって正しいとは限らない。 

正しい生き方をしたつもりでも不運が訪れることがある。 

人生の辛いところであります。

 

 「命を惜しむは、ひとえに我が志を達せんと思うがゆえなり (死ぬのは怖くないが、自分の信念を達成せずにこの世を 去るべきことが悔やまれる」(石田三成 死の直前に語った) 

「念仏は無用に願おう。わしは行く末を案ずるようなことは少しもしておらぬ。 泉下にて太閤殿下にお目通り叶うが楽しみである」(石田三成 切腹の 直前に僧侶から十回念仏を唱えるよう説かれたが拒否した際の言葉)