幸運の秘訣 「 辛酸の中に宝を見つける 」  | mituのブログ

幸運の秘訣 「 辛酸の中に宝を見つける 」 

 

(7/3)

 おはようございます。 

今日も、『アンパンマン』の生みの親、漫画家

 やなせ たかし の一言 

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  【今日の一言 2018年7月3日】

 「危難と地獄、辛酸のなかに重要な何かがある。

 長い人生では、一回や二回は地獄を通過したほうが、 

 かえっていいのかもしれません」 

 (やなせ たかし 漫画家、絵本作家、詩人) 

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 現在の「アンパンマン」のベースになったのは、1973年に出版され た『アリスのさくらんぼ』(サンリオ出版)に収録された「飛べ!アンパ ンマン」。主人公は売れない青年漫画家。お腹をすかせて倒れそうになっている青年の前に、不格好なアンパンマンが現れ、アンパンでできた顔を青 年に差し出す。

献身と愛、「自らが傷つくことなしに正義はなしえない」と いうやなせが考える本当の正義が初めて作品として描かれました。

そして、 この話を絵本にする企画が持ち上がり、同年『キンダーおはなしえほん』 (フレーベル館)に「あんぱんまん」が掲載されるのです。

 当初、大人たちからはグロテスクだと評判の悪かった絵本「あんぱんまん」。 

でも幼稚園に置いてあるアンパンマンの絵本はボロボロ。

子供たちには大 人気だったのです。

絵本の出版から15年経って昭和の終わりの10月に アニメがひっそりとスタートします。 

売れない漫画家やなせたかし、69歳の時でした。 

スタートしたと言いながら、こういうくだらないアニメは2クールで終わるだろうと、スポンサーもつかない日本テレビ自費製作でした。

そして、 やなせはこのために500万円借金していたのです。 

2クールが1年になり、10年になり、20年になり、さらに続いて、誰 でも知っているアンパンマンになったのです。 

 

「『アンパンマン』も最初の童話は、大変評判が悪かった。なにしろボロボ ロのマントをきて、自分の顔を食べさせるヒーローなんかそれまでいないん だから(笑)。出版社の人からは『このような作品はこれきりにしてください ね』と念押しされるし、絵本の批評家からは『こんな低俗な本は図書館に置 くべきではない』とまで言われました。それが読む人の輪がだんだんと広 がっていって、あれだけ人気のある作品にまで育った。『アンパンマンのマー チ』にしても、どのような思いを込めて聞くのか、聞く人の自由なんだと思 います」(やなせたかし) 

「詞を作るときは、ほとんど、なんの気持ちもありません。なにかが来るん ですよ。天使かおばけみたいなものがね…。それが、なにか言ってくれるの で、それを書いていくんです。…それが来ないと書けません」(やなせたかし)