幸運の秘訣 「 絶えず自分を進歩させていく 」  | mituのブログ

幸運の秘訣 「 絶えず自分を進歩させていく 」 

(5/2)

おはようございます。

今日は、富士通にあってコンピュータの国産化を力強く推し進め、

日本における「コンピューターの父」と呼ばれた

 池田敏雄 の一言

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 【今日の一言 2018年5月2日】

「人間は進歩していない限り、本当の生きている実在感と幸福感はない

  はずなんです。 絶えず進歩していく、自分を進歩させていくということに、

  本当に生きている意義があるのではないかと、私は思います」

  (池田敏雄 日本初のコンピューター開発者)

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池田敏雄は、富士通が会社としてコンピュータをやろうと方針を出す前 から1人で研究をはじめます。

リレーのオン・オフで1と0を表現し、2進法で動く機械を作れるとい うことは技術者として理論的にわかったのですが、どう設計すればいい のかはまったくわからない状況からのスタートでした。

池田は、とにかくやり出すと、おもしろいおもしろいで没頭し、止まら なくなる人だったそうで、何か思いつくと集中してしまって会社にも出てこない、あるとき月給ゼロ、ボーナスゼロという状況にまでなったこと もあったそうです。

またある時、会社が火事になって、みなが設計図を持ち出さなければと 慌てたとき池田は、「危ないことをするな。図面なんか全部自分の頭に 入っているから心配いらん」と言ったとの逸話も残っています。

池田が全精力をかけて作った科学技術用リレー式計算機の1号が、「FACOM100」。

1954年10月にこのコンピュータができたときノーベル賞を取った物理学者湯川秀樹が、これまで2年かかっていた積分計算が 3日で処理できたのを確認して、「これで研究のスピードが飛躍的に進 む」と喜んだという話もあります。

FACOM100の後継機、「FACOM128」が完成したのは、1956年。池田 は、いまの全世界のコンピュータ・メーカーが必ず使っているインデッ クス・レジスターというシステムなどを次々に発明しました。

それらはみな池田の独創だったとのことです。

次に池田はIBMとの互換性に着目し、Mシリーズの開発を目指します。 並行して、コンパクトかつハイコストパフォーマンスを目指してLSI を使った世界初のコンピュータ開発にも注力します。

こうしたプロジェクトの結実を、池田自身が知ることはありませんで した。 1974年に51歳で急逝。

Mシリーズの第1号機である「M-190」は、池田の死の1週間後に世に 送り出されます。

それは当時の「IBMシステム/370」に比べて2〜3 倍の処理能力を持った低価格マシンで、以後5年間で500台以上を売 り、日立、日本電気、そして日本アイ・ビー・エムのマシンのシェア をも抜いて日本を代表する大型コンピュータに成長します。

また、池田が並行して進めていたアムダール社との共同開発コンピュー ター「470V-6」は、池田の死の1カ月後に完成し、翌75年6月には 審査のきびしさで知られるNASA(米国航空宇宙局)のゴダート宇宙 研究センターに納入されて、評判を呼び、その後米国市場に受け入れ られていきました。

 

「最高に価値あるものとは、どんな人間になったかなんだ」(ジム・ ローン 自己啓発作家、モチベーション・コーチ)

「自分がこうあるべきだと信じるものになりなさい」(オプラ・ウィ ンフリー 司会者・実業家)

「何かに感動したら、ひたすら没頭せよ」(池田敏雄)