幸運の秘訣 「 すべては成長のために天が与えた試練と知る 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 すべては成長のために天が与えた試練と知る 」

(9/21)

おはようございます。

今日は、江戸時代前期の臨済宗の僧

至道無難の一言。

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 【今日の一言 2016年9月21日】

「何事も修行とおもひする人は 身のくるしみはきえはつるなり」

(至道無難 臨済宗の僧)

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至道(しいどう)とは、仏の悟りに至る道、その道は、無難すなわち 何の難しさもないという意味です。 至道無難禅師が懇意な商家を訪問した後のこと、その商家のお金が 紛失したと大騒ぎになりました。商家は、あれこれと心当たりを探し てみますが、見当たりません。誰か持ち去ったとすれば禅師? ほか には誰も思い当たりません。そこで、禅師に問い質します。そうした ら、禅師はその金額を返してきたそうです。「高名な禅師といっても、 油断も隙あったもんじゃない、お金が欲しいのは変わらない」と怒っ て見下していたのですが、後になって無くなったと思っていたお金が ひょっこり出てきます。あわてた商家の主人が「申し訳なかった」と いって詫びると、禅師は、ただニコニコしてお金を受け取ったといい います。われわれ凡人にはできない対応に思えますが、至道無難禅師 にとっては無難、簡単なことなのです。人間は、自然や他人といった 周りから与えられるものを思い通りにしたいと望む生き物です。だか ら無実の罪を着せられようなものなら、何で無実の私を疑うのかと怒 り、必死で潔白だと言い立てます。周囲が自分の思いどおりに動くわ けないのに、思いと違うと苦しんでいきます。思い通りに行かないこ とは苦痛の種であると同時に自分の磨き粉です。「すべての出来事は 自分のために起きている」、「どんなことも自分の磨き粉」と受けとれ れば宝になります。“他から”来たものを自分の“宝”にする生き方、 そういう生き方が実践できれば苦しみはありません。周りからは苦し いと見えることも喜びになるのですから。

「自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな 道かは知らないが、他の人には歩めない。自分だけしか歩めない、二 度と歩めぬかけがえのないこの道。広いときもある。狭いときもある。 のぼりもあれば、くだりもある。坦々としたときもあれば、かきわけ かきわけ汗するときもある。この道が果たしてよいのか悪いのか、思 案にあまるときもあろう。なぐさめを求めたくなるときもあろう。し かし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのでは ない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、とにかくこの 道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではない か。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。他 人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は少しも ひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、 懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道のように思えても、休ま ず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてく る」(松下幸之助 パナソニック創業者)

「人生は学校である。そこでは幸福より不幸の方が良い教師である」 (フリーチェ ロシアの文芸学者)