幸運の秘訣 「 自ら体験することを大切にする 」 | mituのブログ

幸運の秘訣 「 自ら体験することを大切にする 」

(5/17)
おはようございます。
今日は、「経営の神様」とも称されたパナソニック創業者
松下幸之助の一言。
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 【今日の一言 2016年5月17日】
「塩のからさ、砂糖の甘さというものは、何十回、何百回言葉で
  教えても、ほんとうにはわからんやろ。舐めてみて、はじめて
  わかるものや 何事もはじめてみないと、本質なんてわからない。
  奥義を極めた先生から三年間水泳を教わるよりも、水の中に
 入っ て水を飲んで苦しむとう過程が必要なんや」
 (松下幸之助 パナソニック創業者)
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塩の辛さや砂糖の甘さは学術書をいくら読み込んでもわからないの です。辞典で「愛」と調べても愛の本質を理解できるわけではあり ません。「情熱」だって「誠意」だって同じです。この宇宙にある すべてのものみんな、自ら体験することによってのみ本質が理解 できるのです。体験してない机上の理解は、本当の理解ではないの です。本質を知るチャンスである体験の機会を大切にしましょう!  体験の価値を再認識し、体験を最大限活かせるように集中しま しょう! 活かしてあげましょう!
「失敗の原因を素直に認識し、『これは非常にいい体験だった。 尊い教訓になった』というところまで心を開く人は、後日進歩し 成長する人だと思います」(松下幸之助)
(以下、お時間のある時にどうぞ)
東洋経済コラムより
松下幸之助のそばで仕事をするようになってから確か2~3年した 頃に、米国からハーマン・カーン氏が来ることになった。「日本 に行くからには松下さんに会いたい」ということだった。それ ならば会いましょうということになったのだが、そのハーマン・ カーン氏が松下に会う1週間か10日ほど前になったころ、松下は 私に突然こう尋ねた。「今度、ハーマン・カーンという人がやって くるんやけどな、きみ、どういう人か知ってるか」唐突な質問だっ たが、私は何の躊躇もなく、立て板に水で巧みに答えることができ た。 「ハーマン・カーンという人は米国のハドソン研究所の所長で、 未来学者です。そして21世紀は日本の世紀だと言っている人です」 … 松下は私のそのような答えに軽くうなずきながら、「そうか、わ かった」と返事をしてくれた。私はおおいに満足して、それから午 後は気分よく過ごしていた。ところが翌日になると松下は再び、 「きみな、今度、ハーマン・カーンという人がわしに会いに来る そうやけど、どういう人か、きみ知ってるか」と聞く。 えっ、と思った。昨日、松下は同じ質問をした。どういうことか。 質問したことを忘れたのか。仕方がないから昨日と同じ答えを繰 り返した。その答えに松下は再び「ああ、そうか」と答えた。や はり、昨日私に質問したことを忘れていたんだな。まあそういう こともあるだろうと思いながら、話題は別のことに移っていった。 ところがである。さらに、翌日も真々庵のサロンで話をしている と、またもや松下は「今度、米国からハーマン・カーンという 人が来るそうや。きみ、どういう人か知ってるか」3日間続け て同じ質問をした。繰り返されれば何か答えなければならない。 答えなければならないが、これまでの答えしか持ち合わせてい ない。松下は私の三度目の同じ答に対しても、さほど表情を変 えずに「うん、そうか。そういう人か」と言った。…その日の 午後はうっとうしい半日となった。ぐるぐると頭の中、心の中で 怒りが渦巻いていた。いくら私が若造でも、いくら私が新人の ような者でも、聞くなら聞くで真剣に聞いてほしい。私は答え たのだからちゃんと覚えておいてほしい。明日もう一度同じこと を聞いたら、何かぐさっと言いかえしてやろうという呟きが、胸 の中で繰り返されていた。 そんなことを思い続けていたその日の夕方になって、私はふっと あることに思いいたった。 「待てよ。松下が同じ質問を繰り返し、そして私が同じ答えを 繰り返している。それは、自分が質問したことを松下は忘れて いるのではなく、その質問に対する私の答が不十分だからでは ないのだろうか。もっと詳細を聞きたい、もっと詳しいことを 聞きたいということではなかったのか。そうだ、きっとそうな のだ」その日、私は仕事が終わると書店に直行した。棚を捜し て、ハーマン・カーン氏の書いた『西暦2000年』という650 ページの本を買い求めると、急いで研究所に戻り、さっそく 読み始めた。…ハーマン・カーン氏がどのような人物か、ど ういう経歴の人か、どういう考えでどういう主張を持っている のか。なぜ、21世紀は日本の世紀と言っているのか。そのよ うなことを記録用紙3枚ほどのメモにまとめあげた。夜中の 1時半までかかった。…さあ、仮眠しようと事務所のソファに 横になったけれども、集中して頭を使ったあとは、目が冴え てなかなか眠ることができない。 それならば、と起き上がってテープレコーダーを持ち出し、 先ほど記録用紙3枚にまとめたものを録音することにした。 しかし、なにせ素人のすることだから、そうスムーズに録音 できるわけもない。森閑とした真夜中に録音を始め、結局、 明け方の4時半までかかってようやく、そのメモの録音を終 了することができた。… お昼ご飯が運ばれてくるまでのちょっとした間であった。い つものように雑談を始めると、突然に松下が「今度な……」と そう言いかけた途端に私は思わず、ハーマン・カーンという人 が来るんですね、と言ってしまった。 「そや。きみ、その人どういう人か知ってるか」 そう聞かれた時の嬉しさを、今でもはっきりと思い出すこと ができる。嬉しかった。昨日までの憤然とした気持ちとは うって変わって嬉しかったのである。心躍る気持ちで、おも むろに内ポケットからメモを取り出すと、丁寧に、得々とし て説明を始めた。 30分ほどはかかったと思う。松下は昼食に箸もつけずにそれ をじっと聞いてくれていたが、私の説明が終わると、にっこ り笑って「うん、ようわかった、ようわかった」と頷いてく れた。昨日までは1回だった「わかった」が、その時は2回 「ようわかった、ようわかった」である。表情も満足げだ。 その1日、私は嬉しく思いながら過ごした。 夕方になって、松下が帰りの車に乗りこむとき、私は吹きこ んでおいた録音テープを手渡した。「今晩、時間があればど うぞお聞きください」 「ああ、そうか」と松下は無造作にテープを受け取ると、ポ ンと車のひじ掛けのところに置いた。その受け取り方を見て 私は、これはたぶん今晩は聞いてくれないだろうと思った。 しかしまあいい、報告はうまくできたのだから、と十分に満 足だった。… 翌朝、松下の車がやって来た。いつも私が車のドアを開け、 顔を合わせて「おはようございます」「おはよう」という会 話になる。ところがその日、松下は何も言わずに黙って車を 降りた。今日は機嫌が悪いのだろうか。…しかし、そういう ことではなかった。車から降りると、私の立っている真ん前 に立ち、松下は私の顔をじっと見つめた。ほんの10秒ぐら いの短い時間のはずだが、それは15分間以上にも感じられ る一瞬だった。私は当惑して、いったい何だろうか、何を 言われるんだろうかといぶかった。その一瞬の間をおいて 松下は私にこう言った。 「きみ、いい声しとるなあ」 その言葉を聞いたとき、私は不覚にも涙のでる思いがした。 …感激した。大仰な言い回しになってしまうが、「この人 のためなら死んでもいい」という気持ちになっていた。 しかし、私はここで感激したということだけを申し上げた いのではない。松下が同じ質問を繰り返し私にしていると いうことは、すなわち部下の答えがいいか悪いかよりも先 に、「この社員を育ててあげよう」ということを優先させ ているのである。だから「そんな答えでは中途半端だ」と は言わなかった。 同じ質問を繰り返す。繰り返しながら、部下が自分で気が つくまで根気よく待つ。「それは駄目だ」「そんな答えは 答えになっていない」「お前は役に立たない」。松下は、 22年間をそばで過ごした間、1度もそういう言葉は言わな かった。本人が気がつくまで、自覚するまで、根気よく尋 ね続ける。その松下の姿勢には、若い者や部下を、育てた いという愛情があることを私はつねに感じていた」(江口 克彦 PHP総合研究所社長 政治家)