今日の一言 「 全て掌中に 」 | mituのブログ

今日の一言 「 全て掌中に 」

 
(3/20)
おはようございます。
今日もカトリックイエズス会神父アントニー・デ・メロの一言。
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 【今日の一言 2015年3月20日】
「今この瞬間にあなたが無常の喜びを感じていないとしたら、理由は
一つしかない。自分が持っていないもののことを考えているからだ。
喜びを感じられるものは、全てあなたの手の中にあるというのに」
(アントニー・デ・メロ イエズス会神父)  
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  われわれは、みな「無いものねだり病」に感染しています。自分に与え
られた条件ということは無視して、隣の芝生ばかり見て不満ばか り思っ
ています。この身体が、命があることは、当たり前だと思い込んでいます。
命の奇跡に対する感謝がないのは、命の事実を真正面か ら見ていない
からです。自分の良心から目をそらしているからなんだ と思います。60
兆個の細胞の1つがあることでさえ奇跡です。謙虚 さを取り戻しましょう!
そして、自分の良心と対話を習慣化しまし ょう!良心と井戸端会議しま
しょう!
「心では感謝しているのに、それを態度で示そうとしないのは、プレ ゼント
を包んだのに 渡さないのと同じことだ」(ジグ・ジグラー 啓 発作家)
「わたしは<主>にさまざまなことをお願いし、<主>と会話し、<主> をたたえ、
<主>に感謝したものでした。 でもいつもわたしは、<主> が、<主>の目を
見なさいとおっしゃっているように感じて不安でした …わたしは<主>の
目を見ようとしませんでした。わたしは 話はしま したが、<主>がわたし
を見つめておられると感じたとき、目をそらし ました。わたしはいつも
目をそらしました。そして、なぜかわかって いました。わたしは怖かっ
たのです。懺悔していない罪のとがめをそ こに見いだすように思った
のです。そこに、ひとつの要求を見いだす だろうと思ったのです。
<主>がわたしから何かを望んでおいでと思っ たのでした。 ある日、
わたしは勇気をふるって、ついに見たのでし た!なんのとがめもあり
ませんでした。なんの要求もありませんでし た。目はただこう言っていま
した。『わたしはあなたを愛する』わた しは目のなかを長い間のぞいてい
ました。すみずみまで見ました。そ こには次のメッセージがあるだけで
した。『あなたを愛する!』と」 (アントニー・デ・メロ)