天皇陛下を見習おう! | mituのブログ

天皇陛下を見習おう!


 
天皇陛下のあり方というか生き方は素晴らしいと思っています。
昨年も取り上げましたが、みなさんは、四方拝という元日の夜明け前に
天皇陛下が行う儀式をご存知でしょうか?
今は、天皇が5時半から行う重要な宮中儀式ですが、もともとは、庶民の間
でも行われ、室町時代までは摂関・大臣家などでも行われていた儀式です。
ところで、初詣に行ってみなさんはどういうお祈りをしていますか?
たぶん自分や家族のこと、お願いごとだと思います。家内安全、健康、学業、
商売繁盛…。
自分にとって都合の良いことが起こって欲しい、悪いこと(厄)は近寄ってくるな、
祓いたい、なのだと思います。 こういう皆さんの祈りと、四方拝の祈りは180度
違います。
逆に、自分にとって都合の悪いこと、厄を呼び寄せ、自分の身に入れ、受け止め
背負うことで、この国や民にやってくる災いを軽減する祈りなのです。
元日に四方拝を行うとき、天皇は、まず属星を拝する座に着きます。そして、
北を向いて 属星の名を七回唱えます。 属星とは、干支を北斗七星の7つの星
に割り振ったもので、今年の干支は、未なので、武曲星(ぶごくしょう)と七回
唱えます。 その後再拝して呪文を唱えますが、この呪文はの大意は、「様々な
罪障を引き起こすものたちを、私の中に入れてください、わが心身と一体となる
ことで、至急、回心させ悟りへ導かせてください」ということです。聞いてびっくり
の内容です。
「内裏儀式」や「江家次第」によると、
「賊冦之中過度我身(ぞくこうしちゅうかどがしん=賊冦の中、我が身を過し度せよ)、
 毒魔之中過度我身(どくましちゅうかどがしん=毒魔の中、我が身を過し度せよ)、
 毒氣之中過度我身(どくけしちゅうかどがしん=毒氣の中、我が身を過し度せよ)、
 毀厄之中過度我身(きやくしちゅうかどがしん=毀厄の中、我が身を過し度せよ)、
 五急六害之中過度我身(ごきろくがいしちゅうかどがしん=五急六害の中、我が
 身を過し度せよ)、  
 五兵六舌之中過度我身(ごひょうくぜつしちゅかどがしん=五兵六舌の中、我が
 身を過し度せよ)、
 厭魅之中過度我身(えんみじゅそしちゅうかどがしん=厭魅の中、我が身を過し
 度せよ)、
 萬病除癒(まんびょうじょゆ)、 所欲随心(しょよくずいしん)、 急急如律令(きゅう
 きゅうにょりつりょう)」
  呪文中の「過度」という言葉がポイントです。 「過」とは、すぎる、わたる、よぎる、
あまねく「度」とは、悟らせる、という意味です。
皆さんの初詣の常識であろう「罪障から私を守ってください」ということではないのです。
みなさんの常識とま逆で、「悪い波動(悪霊)」を呼び寄せ、自分の良心の力で悟りへ
の導きを促すという意味が「過度」という言葉に込められているのです。
次のポイントが、「急々如律令」という文言です。
「至急に掟の如く振る舞え」と解釈されます。
「過度」で「魔性を引き寄せる」、そして自分を通して「魔性」にも、愛情を注ぎ、思い
遣り、「所欲随心」で欲望・悪感情として現れるそうした霊たちの思いを自分の良心
を通じて神さまから願われている本来の生き方に速やかに引き戻してあげるのだ
という強い決意を「急々如律令(至急に掟の如く振る舞え)」という言葉で宣言して
いるのです。
  罪障を引き起こすような波動(霊)は、私たちの感情を通じて訴えかけてきます。
イライラしたとき、ムシャクシャしたとき、落ち込んだとき、面倒くさいなあと思うときこそ、
冷静になり自分の内なる神=良心と対話し、良心のかすかな声に基づいた行動に
変える必要があるのです。  感情に流されてはいけません。 感情は霊の思いです。
霊を良心の方向に導くことで、段々と自分の真心が表面に現れてきます。 真心と
行動を一致させる精進をすることで、人生のハンドルを自分で握ることができます。
天皇陛下のように、感情をグイグイ引っ張って、他人の不幸も背負って、命の主導権
を発揮し、活き活き生きましょう!
良いお歳を!