今日の一言 「 ゆとり 」 | mituのブログ

今日の一言 「 ゆとり 」


 おはようございます。
 今日は、2004年に世界一に輝いたエステティシャン
 今野華都子の一言。

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  【今日の一言 2013年8月27日】

 「きれいになるのは、誰かと比べての話しではないんです。

  昨日の自分よりも、きょうはよりきれいになっていたら、

  嬉しくないですか?それだけ心にも余裕がでてくるし、

  そして、余裕イコール優しさになります。

  私はそのような優しさは波動として伝わっていくと思って

  いるんです」

  (今野華都子(こんのかつこ) エステティシャン)

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 「なぜ、人はきれいになりたいのでしょう?

  その答えに気づいたのは、私自身が身体が弱かったことで、

  病気ゆえにできた肌のトラブルでたくさん悩んだからこそ。

  人の外側というものは、こんなにも人の『心』に影響する

  ものなのかと、身をもって実感したからです」(今野華都子)

 「一番の美しさとは、実は特別なことではなく、その人が本来

  持っている良さが自然と出てくることなんですね」

  (今野華都子)

 美の世界でも、他人との比較ではないんだと悟ることができれば、

 より自信をもてて、より美しく輝けるのでしょうね。

 何より、昨日の自分より美しくなったと感じることによって心に

 ゆとりが生まれ、ゆとりがあることで、他人に優しく接することが

 できるようになり、その波及効果が周りに伝わっていくとしたら

 嬉しいことですよね。

 「美しさは優しさを創り、

  優しさは波動として、すべての人の心に届く」(今野華都子)


 (以下、お時間のある時にどうぞ!

  余裕で思いついた、マーシー・シャイモフ著『脳にいいことだけを

  やりなさい!』に紹介されている「スカーレットの物語」です)


 私は皮膚の難病に12年間悩まされていました。

 身体は弱り、満足に歩けもせず、いつも家族に頼るばかりの日々で、

 人生には絶望していたと思います。

 そんなとき、たまたま地元に住む仏教僧と会う機会があったのです。

 彼に自分の悲惨な状況を話した私は、同情のまなざしと思いやりの

 言葉を期待したのですが、僧侶は穏やかにこう言っただけでした。

 「自分を憐れむのはおやめなさい。

  人の幸せを考えるようにするのです」

 「無理です! こんな状態なのですよ。自分のことで精一杯です」

 私は「彼は何もわかっていない!」と、がっかりしました。

 こんなボロボロの身体で人の幸せを願うなんて無理だと思い

 ましたが、なぜかその言葉が心に引っかかり、その日から少しずつ

 気をつけるようになりました。

 まずは家族や友人たちの幸せと健康を、さらに知らない人たちの

 ために、車の中から道行く人たちの幸せを、ついでに自分の嫌いな

 人たちのことも思いやってみました。

 ある日、電動車椅子に乗ってスーパーのレジに並んでいると、

 明らかに虫の居所の悪そうな女性が私の後ろに並びました。

 急いでいるらしく、いら立った目を周囲に向けています。

 カートの中身はあふれんばかりで、少しでも早くレジを通り抜けた

 そうにしています。

 いつもなら、イヤな思いをしないように、こういう人とはできるだけ

 関わらないようにしていましたし、実際真っ先に頭に浮かんだのは、

 「何て品のない人からしら。目を合わせないようにしよう」という

 考えでした。

 しかし、そのとき例の僧の言葉…「人の幸せを考えるようにするの

 です」を思い出した私はこう思い直したのです。

 「そう、きっとこの人は今日とてもイヤなことがあったのよ。

  私だってそういう日もあるじゃない。

  この人を幸せにしてあげるにはどうすればいい?」

 私は振り向いて「お急ぎのようですね」と言いました。

 女性は驚いたような顔で、ぶっきらぼうに「ええ急いでいるんです。

 遅れそうだから」と答えました。

 「私の前へどうぞ」

 女性は私のかごの中身が少ないのを見て、サッと首を振りました。

 「いえ、大丈夫です」

 「どうぞ遠慮なさらないで。私は急いでいませんから。さあ、どうぞ」

 変化は劇的でした。

 イライラをまき散らし、レジ係をどなりつけそうな勢いだった

 その女性は、人に親切にされ、気を遣われて、別人のようになった

 のです。

 私の前へとカートを進めながら何度も「ありがとう」と言い、

 レジが済むと店員にも礼を言って、買った物を袋に詰め終わると、

 笑顔で店を出ていきました。

 私はすがすがしい気持になりました。

 周りを見ると、誰もが私に笑顔を向けて、言葉を交わし合って

 いるのです…

 「素敵ね」

 「気持のいい場面だったわね」

 「今日もいい日になりそうね」。

 それからはもっと人を幸せにしたくて、できることはないかと

 探すようになりました。

 人のためになろうとすれば、機会はいたるところに転がっている

 ものです。

 身体を使い、心を使い、お金を使って、まだまだ私は人のために

 何かをしてあげられる、それはこの上もなくうれしいことでした。

 自分のために「人が何をしてくれるか」ではなく、

 人の幸せのために「自分が何をしてあげられるか」を、

 いつも考えるようになりました。

 うれしいことに、それから一年もしないうちに、皮膚の調子が

 よくなり、生きるパワーもみなぎってきました。

 杖なしで歩けるようになり、ジムにも通い始めました。

 医者は、病気がひとりで快方に向ったようだと言って、信じられない

 ようです。

 僧侶の教えのおかげで人生の坂を転がり落ちずにすんだ私は、愛情

 という永遠の力を手に入れることができました。

 (マーシー・シャイモフ 『脳にいいことだけをやりなさい!』)