今日の一言  「 成し遂げたいこと 」 | mituのブログ

今日の一言  「 成し遂げたいこと 」


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おはようございます。
2012年最後の一言になります。
この方も、扉を叩いても叩いても開かない時代をじっとこらえて
実力を磨き、開花させたのだと思います。
彼女の金メダル獲得の場面では多くの人が涙していました。
TVの解説者も泣いて解説できていませんでした。
今日は、女子レスリング48kg級ゴールドメダリスト
小原日登美の一言。
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  【今日の一言 2012年12月28日】
 『みんなを笑顔にするのが自分の成し遂げたいことです。
  そのためにはどれだけ苦しんでもいい』
 (小原日登美 女子レスリング48kg級金メダリスト)
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みなさん御存知かと思いますが、小原は世界選手権で8回も
優勝しています(51kg級で6回、48kg級で2回)。
国際試合64連勝という記録ももっています。
51kg級で出場した6回の世界選手権は、すべて優勝。
27戦全勝で、それも圧勝ばかりでした。しかし、オリン
ピック五輪には縁がありませんでした。
51kg級という彼女のクラスがオリンピックにはなかったから。
一つ下の48kg級には妹の坂本真喜子がいました。
「お願いだから、姉妹対決なんてしないで。日登美と真喜子が
戦う姿なんて見たくない」両親の反対に逆らってまで、48kg
級への挑戦を貫くことはできませんでした。
55kg級に挑むことを決めた小原は、痛めていた左膝の手術を
敢行します。しかし、術後の経過が芳しくありません。
リハビリに費やす時間が予定をはるかに上回り。少しずつ動ける
ようになっても、感覚が戻らず、術後の復帰戦となった02年の
全日本選手権では、吉田沙保里に完敗を喫します。
毎日毎日、自分のことを責め、誰とも話したくなくなり、八戸の
実家に引きこもります。
うつ状態で、過食症にもなります。
しかし、彼女のレスリングへの情熱が病を克服し、オリンピック
出場への意欲を取り戻します。
そして、再び55kg級で08年の北京五輪出場を狙いますが、やはり
吉田選手の壁は厚く敗退。
08年秋の東京で世界選手権で引退します。
妹真喜子のコーチとして臨んだ09年の世界選手権(デンマーク)。
結果は8位。真喜子は小原にこう言います。
「もう私じゃ勝てないと思う。日登美がやったほうがいいし、日登美
も『自分のほうが強い』と思っているんじゃない?もう遠慮しなく
ていいから。日登美に、オリンピックを目指してほしい」
コーチとしての自分の力不足と考えていた小原は、
「もう1年やってみようよ。それでだめだったら自分が復帰するから」
と妹を説得しようと試みます。しかし、真喜子の思いは揺るぎません
でした。
「それだと遅い、ロンドンに間に合わないよ」
真喜子は一線を退き、小原は復帰を表明します。
まず課題になるのは、減量でした。
自衛隊体育学校のレスリング部コーチらから、体脂肪を減らすトレーニング
の指導を受け、五輪日本代表選手団のドクターを務めた経験のあるドクターに、
食事メニューなどのアドバイスを仰ぎました。
小原はトレーニングをこなす一方で、アドバイスに沿ったメニューの自炊
を続けます。
「以前は外食もしていたし、ストレスを感じるとついついジャンクフード
に手が伸びることもあった。だから減量が大変だったし、48kg級に
落としている姿なんて想像できなかった。でも人間って、本気でやると
決めれば不可能はない、できるんだと思いました」
練習や減量が厳しくなり、ストレスがかかる時期には、真喜子がおに
ぎりや、ローカロリーのパンやケーキをつくって差し入れた。
「大変かもしれないけど、頑張れ。日登美ならできるよ」
差し入れには、いつも手紙が添えられていた。
周囲の支えとともに、またオリンピックを目指せるという喜びが、以前
には考えられないほど、己を律した生活を可能にしていきました。
3カ月余りで8kgの減量を行ない、肉体改造に成功した小原は'10
年の5月、全日本選抜選手権で優勝を飾ります。
手術した左膝は、本来ならボルトがなければならない状態です。
しかし、戦うために「支え」を抜いてもらっています。
減量をサポートするため、母は4月に18年勤めた会社を辞め上京
しました。
「妹、両親、旦那、コーチや支えてくれる人たち、いろいろな人の力
あっての自分なんです。だからオリンピックで優勝して感謝を示し
たいというのが正直な気持ちです。やさしい? 選手はみんなそう
なんじゃないですか。自分はマットで自身を表現できるけれど、
支えてくれた人たちは自分が勝たないと報われない。みんなを笑顔
にするのが自分の成し遂げたいことです。そのためにはどれだけ
苦しんでもいい」
ロンドンオリンピック決勝での勝利の瞬間、小原は両手で顔を覆い、
あふれる涙を拭い、インタビューにこう答えました。
「どんな時でも諦めずに頑張れば、夢はかなう。
この舞台に立つことができて、優勝できて本当にうれしいです」
家族のために。支えてくれた人のために。いつも自分より、誰か
のために戦い続けた、心優しいチャンピオンが、約10年の長い
道のりを経て、ようやく出場をつかみとったロンドンオリンピック。
悲運の最強女王は、オリンピックの舞台立てた喜びと周囲への感謝を
エネルギーに逆転で金メダルを手したのです。


(参考情報でネットで見つけた一夜飾りがダメな理由を追記しておきます。興味がある方は、どうぞ!)
大晦日に門松や、松飾りを飾る事を『一夜飾り』と言いますが、一夜飾りは良くないと昔から言われています。その本当の理由をご存じでしょうか。 本当の意味は、『新しい年の歳神様が、三十一日の早朝にですから三十一日の昼間や夜に飾ったのでは、間に合わないのです。門松も松飾りも、歳神様をお迎えするものです。三十一日の早朝に歳神様が来られたときに、松飾りなどがない家には、『この家には、神を迎える意志はないのだなと家の前まで来て下さっても、そこから家の中へは入られずにそのままUターンして、お帰りになってしまわれます。
歳神様は、毎年変わられますので、このときに歳神様をお迎え出来なかったときには、その年一年、その家に歳神様はいらっしゃらないことになります。今までの歳神様は、元旦の零時ちょうどにお帰りになられます。きちんとお飾りをして歳神様をお迎えした場合には、三十一日の日に、それまでその家の方達を守って下さっていた歳神様といわゆる引き継ぎをなさられます。
この家には、どんな問題があるのか。問題と言うと、悪いことのようですが、良い方の問題も引き継がれます。『来年は、この家に○月頃、新しく子供が誕生します。母子共に健康で過ごせるようよろしくお願いいたします。そして神様のご意志にそった、神の子にふさわしい御子に育ちますようによろしくお願いいたしますとか、『来年は、受験の子がいます。ですからその子の健康と、集中して学びが出来て、合格出来ますように導いてあげて下さい』とかがあり、その他にも『このおばあちゃんが、口うるさくて、皆をしゅんとさせているから、そんな時にはおばあちゃんを黙らせて皆が明るく過ごせるようにしてあげて下さい。私も一年働きかけて今このくらいまで来ております。後、よろしくお願いいたします。
皆さんが願っている幸せがここにたくさん詰まっているのですどんなに遅くとも、三十日のうちには、松飾り等をして歳神様を三十一日早朝にお迎えした歳神様は、その年一年、その家にいて下さいます。歳神様は、その年のそれぞれの人にとって大事なことのほとんどを担当して下さる、いわば福の神様なのです。心を込めてお飾りをし、素晴らしい新年を迎えて下さい」 (藤原大士 大志塾主宰)
ということですので、元日の午前0時には、この1年を守っていただいた辰年の歳神さまに感謝のお礼をしましょう。 よいお年を


人間って、「本気でやると決めれば不可能なことははない」を身を持って証明したんですね!素晴らしいですね!皆様、本日も周りの人の心を笑顔にするような素敵な一日が過ごせるとよいですね♡