2009年8月3・4日の一言 | mituのブログ

2009年8月3・4日の一言

(2009/8/4)
おはようございます。
本日の一言は、小泉元総理が、国会答弁など

で取り上げて、話題となった佐藤一斎の言葉です。
一斎は、江戸時代の儒学者。美濃岩村藩士の二男に生まれ、幕府の

昌平坂学問所に入所。
70歳で昌平坂学問所の儒官(総長)となっています。
弟子は3000人とも言われ、一斎から育った弟子に佐久間象山、

渡辺崋山、横井小楠らがいます。

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今日の名言 【8月4日】
 『一灯を掲げて暗夜を行く。 暗夜を憂うるなかれ、一灯を頼め。』
 (佐藤一斎 美濃国岩村藩士、儒学者。「言志録1」)

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 この世の中は、一寸先も何がおこるかわからない暗夜です。

 暗夜の中を、自分に内在する能力(他力も含みますが)を頼りに

しながら一歩一歩歩いているのです。
 暗いと嘆いても何も変わりません。
でも、暗いと文句いったり、暗さから逃避しようとしたり、暗いという

ことをいかにPRしようかと考えることに時間を割いたりする人が多い

のが現実です。
 自分の暗さ、人生が思い通りにならないことを麻薬で解消しよう、麻

薬の快楽で一瞬でも忘れようなんていうのは問題外です。
 自分の中をよ~く探してみてください。よく探せば灯りがあるのです。
 恥ずかしがり屋で、目立たないかも知れませんが、必ず灯りがあるの

です。その灯りを表に出しましょう!

 自分が持っている灯りを如何に活用していくのかという思索・工夫に

労力を投入しましょう!
 自分の能力を最大限活用し、最大限能力を発揮できるよう発想を変え、

暗夜を歩いていくのです。 

それが一番合理的なのです。楽しく近い道なのです。
キリスト教のキャンペーンか何かで
「すすんで自ら明かりを灯しましょう!」というのもありましたね。  

灯りをつけ、そして、それをより明るくするよう努力しましょう!

ですね。
佐藤一斎は、他にも様々な有為な言葉を残しています。ご存知かも知れま

せんが2つほど紹介しておきます。


「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり
 壮にして学べば、則ち老いて衰えず
 老いて学べば、則ち死して朽ちず」
「 人は須(すべか)らく自ら省察すべし。「天何の故にか我が身を生出し、
 我をして果たして何の用にか供せしむる」と。
 我既に天の物なれば、必ず天の役あり。
 天の役共せずんば、天の咎(とが)必ず至らむ。
 省察して此(ここ)に到れば、我が身のかりそめに生くべからざるを知らん。」

 (訳) 人は必ず自分自身を省みて考えるべきである。

    「天はどんな理由で私をこの世に生み出し、私に何をさせよう

     というのだろうか」
     と。 自分はすでに天が生んだ物だから、必ず天が命じた役割

     があるはずだ。

     天が命じた役割を果たさなければ、必ず天罰が下るはずだ。

     自ら反省してここまで考えると、世の中いい加減に生きるわけ

     にはゆかないことを知るだろう。 

天が命じた役割、仕事というのは、派手なもの、目立つもの、世間でいう

成功というものでは、決してない。もっと地道な自分のあり方、自分の

良心にいかに素直に生きるか、すなわち魂に素直に生きるか 

と私は思っています。

(一言 1-23)




(8/3)

おはようございます。

本日は、 頚椎損傷して首から下の自由を奪われながら、口で筆をくわえて

絵を書き、詩を添える花の詩画で、多くの人に感動を与えている星野富弘

の言葉です。

もう、10年近く前でしょうか。群馬を旅行中にたまたま通った道沿いに

彼の美術館を発見して寄り道。

沢山の感動をもらいまた。

すごく感動したので、亡き母やその母に良く声をかけていただいて

いたご近所の外人牧師さんの奥さんに彼の本(英訳版)をプレゼント

したことがありました


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今日の名言 【8月3日】

『辛いという字がある。

もう少しで幸せになれそうな字である。』

 (星野富弘 詩人・エッセイスト)


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中学教師になって2ヶ月、指導中の事故で生死の境をさまよい、

首から下の自由を奪われた星野富弘は、入院2年目に唯一動かせる

口に筆をくわえて絵を書き始めます。

人に見てもらうのではなく、自分を勇気づけるために。

そして9年後に初の作品展開催。(その年やっと退院)

「愛、深き淵より」などの出版、「花の詩画展」などを

通じてあらわされるやさしく温かい感性は、多くの人に

感動を与え続けています。

「 神様がたった一度だけ この腕を動かして下さるとしたら

  母の肩をたたかせてもらおう

  風に揺れるぺんぺん草の実を見ていたら

  そんな日が本当に来るような気がした」

(作品:ペンペン草)

「結婚ゆび輪はいらないといった。

 朝、顔を洗うとき 私の顔をきずつけないように

 体を持ち上げるとき 私が痛くないように

 結婚ゆび輪はいらないといった

 今レースのカーテンをつきぬけてくる 朝陽の中で

 私の許に来たあなたが 洗面器から冷たい水をすくって

いるその十本の指先から金よりも銀よりも 美しい雫が

落ちている」作品:結婚指輪(がくあじさい))

辛さを乗り越えた彼の数々の言葉、そして口で描いたとは

到底思えない絵、胸にジーンとしみるものがあります。


「教育者としての道は、たった2ケ月で閉ざされてしまいました

から、自分の描いた詩画が、国語や社会の教科書に使われると

知ったときはうれしかったですね。こんな形で教育に携われる

とは思ってもいませんでしたから。
みなさん、私の詩画で勇気づけられると話してくれますが、

むしろ、その話を聞くたびに自分の方が 勇気づけられて頑張ろう

という気になるんですよ」」(星野富弘)

  (一言 1-22)