2009年8月11・12日の一言 | mituのブログ

2009年8月11・12日の一言

((8/12)
おはようございます。
今朝は、昨日の地震で崩れた東名の様子、復旧工事の状況など大きく取り上げられていましたね。
ところで、お盆も近くなりました。
里帰り、お墓参りなど行かれる人も多いでしょう。
ここ数日は、お盆に考える特集でいきたいと思います。
第一弾ということで、今日は、故人を思う一言でいきます。

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 今日の名言 【8月12日】
 「父と一緒に滑りました」
 「あの時は自分のためでももちろんあったのですが、
  お父さんのために( 滑ろう)という気持ちがあった」
 (里谷 多英  スキー モーグル)
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  この言葉は、背景にあるエピソードを紹介しないとピンとこないかもしれませんね。
  長野オリンピックで金メダル(ソルトレイクでは銅メダル) 輝いた里谷選手は、
 「お父さんにほめてもらえるのがうれしくて、スキーをしてきました」
  という方でした。
   長野の世界選手権で良い成績がとれなかったとき、
  「良い成績を出すことよりも良い滑りをすることの方が、お父さんはうれしいよ」
  と言ってくれたそうで、大好きなお父さんのこの一言で立ち直ることができたとのこと。   そんな 最愛のお父さんが、長野オリンピックの前年7月、他界されました。   里谷選手は、父の死で心の支えを失い、五輪出場どころか、スキーも止めようとしたそうです。
 その苦しみを乗り越え、ようやくたどり着いた長野オリンピック決勝前夜、
 父への思いと決勝の重圧で、泣き出してしまった里谷選手。
 そのとき、14才の時からのコーチが、言いました。
 「泣いて、思いを吐き出しなさい。そして観衆の応援を重圧と感じず、自分のエネルギー   にすればよい」
  お父さんは、里谷選手より里谷選手の試合を楽しみにしていて「大きな大会があったら   絶対いくぞ」と病気になる前からおっしゃっていたそうで、「写真を胸ポケットに入れて   おけば一緒に滑ってくれるかなあ」 という想いだったそうです。
  お父さんの思い出を胸に秘め、写真をポケットに入れて、決勝に臨んだ里谷選手。   見事 金メダルを獲得した後の会見での言葉が今日の一言(最初の一言、二つ目はソルト   レーク五輪直前のインタビューでのコメント)です。
  (今は亡き)父と一緒に。
  「供養」とは、ともに(いるものを)養うと書きますが、「一緒に滑る」   「一緒に○○をする」という感覚は、まさに供養そのものではないでしょうか?
いつも一緒にいると思って、心の中で話しかけながら、一日を過ごすことは、自分   がご先祖様の立場だとしたら、お坊さんにお経をあげてもらうだけより、嬉しく思い   感動すると 思うのです。
 (一言 1-28)


(8/11)
おはようございます。
今日は朝起きて台風はどうなってるかな?ジョギングできるかな?とテレビをつけた途端 緊急地震速報で、すぐグラグラでドッキリしました。
気象庁によると今回の地震は東海地震ではないそうですが、この地震が想定されていた 東海地震のエネルギーを分散・縮小してくれたのなら、むしろ良いことだったのかも知れません。
ところで お盆も近くなりました。
今日は、休みに関する一言です。


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今日の名言 【8月11日】
『亀が丸太の上で休んでいるのはサボッているのではない。
ストレスは安らぎ事で取れる。休むこともまた仕事である』
(ネイティブアメリカン聖なる言葉より)
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 人間元気いっぱいのつもりでも、知らず知らずのうちにストレスがたまり
疲れてくるものです。
遊ぶ、そのために休むというと、どうも罪悪感を覚えてしまってという人もいるようです。
我々はどうも、善と悪とか二分法で考える癖があるようで、ついつい仕事と遊びとを両極にある概念としてとらえがちだからです。
 本来は、遊び(休養)があってこそ、仕事にも力を発揮できるはずで、両極にあるものではなく一体として考えるべきものなのです。
 疲れがたまっていると、当然、自分の能力の半分も発揮できない状態にもなりかねませんし、  何より、いい発想というのは、リフレッシュして、仕事と180度違うことをしている時に、ふと降りてくるものです。
 「フランスの偉大な数学者アンリ・ポアンカレは、何日も複雑極まる問題に頭を悩ませていた。  彼は「数学的創造」のなかでこう書いている。
 私はちょうどこの時、その頃住んでいたカーンの地を離れて、鉱山学部主催の地質調査旅行に   参加した。旅行の間、私は数学の仕事はすっかり忘れていた。クータンスについて、あちこちまわるためにバスに乗った。私がステップに足をかけた時、突然、ある考えがひらめいたのだ。それは、そのために進めてきたはずの今までの考え方とは何の脈絡もなく、「フクシアン関数を定義するために用 いてきた変換は、非ユークリッド幾何学のものと同一である」というものであった。私はバスにゆられながら、それまでの会話を続けたのでそれを証明する暇はなかったが、完全に正しいと思った。
カーンに帰ってから気休めに、暇をみて、その結果を証明したのだ。(ブルースター・ギセリン編集「創造的作用」)
 「収穫逓減の法則」に陥らないよう、どんどん遊びましょう!
 なお、精神の疲れは、肉体を疲れさせると取れやすいそうですから、休んでゴロゴロより、運動とかで体を動かすのも良いでしょう!

  (一言 1-27)