今日の一言   「  苦労  」 | mituのブログ

今日の一言   「  苦労  」


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おはようございます。
今日は、両手のない口筆書家・日本画家、尼僧の
大石順教の一言。
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  【今日の一言 2012年12月10日】
  『真実の苦労は、人に話すことのできるものではない。
  人にも話せず、死ぬこともできず、
  前にも後ろにも進めない、じっとしているより他はない。
  それが真実の苦労だ。
  けれども、そんな苦労の中にあっても、
  けっして物事を悪く思ってはならない。
  その中からどうやって良いほうへ道を開いていくかで
  その人の人生は決まるのだ』
  (大石順教 口筆書家・日本画家、尼僧)
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大石順教こと、大石よねは、1905年(明治38年)、17歳のとき、
養父の萬次郎の凶刃で両腕を切断されるという悲劇に会います。
家族6人が殺傷される事件のなか、奇跡的に、一人、命をとりとめます。
この事件の後、生きる術を持たない少女は、生きるため旅芸人の
一団に身を寄せることになります。
両腕を失くしたその無残な姿を「見世物」として地方を巡業する
のです。好奇の目に晒され、生きる希望を失っても仕方ないような
屈辱の日々が過ぎていきます。
絶望的な状況ですが、よねは、懸命に生きようと頑張り続け、自暴自棄
になったりしませんでした。
そんなある日、よねは、東北のある宿屋で、カナリヤが雛に口移し
で餌を与えている姿を目にします。
「腕のないカナリヤも、こうして一生懸命に生きている」
この刹那、よねは、口に筆をとって書画を描くことを思いつきました。
「くちに筆とりて書けよと教えたる鳥こそわれの師にてありけれ」
真っ暗闇にも思えたよねの人生に一筋の光明がさした瞬間でした。
無学だったよねは、字を覚えることから始めて、口で字や絵を書く
技法を習得していきます。
1933(昭和8)年には、出家得度し、名を「順教」と改めます。
以来、仏道の毎日を送る傍ら自分と同じ立場の身体障害者の世話をする
福祉活動に励み、また、長年培われてきた口筆による書画が1955年
に口筆般若心経で日展書道部入選、1962年には世界身体障害者芸術
家協会会員として東洋初の認証を受けます。
「悲しいことがあったら、笑いなさい。
つらいことがあったら、笑顔を人に差し上げなさい。
それによってしか、私たちの笑顔はつくれないんだ」(大石順教)



なんだか自分が恥ずかしくなってきました。真実の苦労を前に私が今まで苦労と思ってきたことなんてまったく苦労のうちに入らないんだな、とあらためて実感しました。過去を恥じるのではなくこれからは悲しいときこそ笑顔で、すこしでも素敵な笑顔になるよう心がけたいな、と思います。皆様、本日も素敵な笑顔でお過ごしくださいね♡