うつ病からの寛解を勝ち取った今、願っていることがある。
この経験を人のため、社会のために活かしたいということだ。それには、病気に対するきちんとした知識を身につけたい、と思っている。

リワークプログラムに通っている時にある心理士のスタッフから言われた事が忘れられない。
「皆さん方は、下手な医者や心理士より、メンタルヘルスについての専門家です。病気の辛さと回復する感覚を、実感として持っているから」

「プロカウンセラーの共感の技術」(杉原保史著)を読んだ。

題名にある「技術」という表現は、誤解を招くかもしれない。しかし、きちんとした「技術」なく対話の現場に出れば、大火傷をしてしまう。

共感とは、優しい癒しのイメージで捉えらがち。しかし、それは勇気の挑戦であり、一種の賭けでもあると著者は語る。

疲れるし、エネルギーも使う。
だからこそ、報われた時の喜びも大きいのだと。

「苦しみは分け合えば半分になり、喜びは分け合えば倍になる」

心は工なる画師の如し。
対話によって、共感によって、自身を見つめ、心を通わせる。

多くの現場を踏んできた著者のわかりやすい具体例の数々。
知恵は現場にあり、だ。







2005年1月24日の朝。
目覚めると目がぐるりと回った。
3軒目の大学病院のめまい専門外来で「良性頭位性眩暈症」と診断された。
4年に1度の大プロジェクトの責任者の1人として、尋常ではないストレスの中だった。
当時、思った。
「俺が休んだ分誰かが苦労している。申し訳ない」
人柄は悪いが腕のいい主治医のおかげで、1年弱で、健康を取り戻したと思っていた。
部署が変わり、様々な経験をする中、タチの悪いモンスタークレーマーの相手をしなければならなくなった。
心と身体が壊れる直前まで頑張った。
部署も何度か変わった。
そして、最低の上司に出会う。
四角四面で融通の利かない彼は、病気の私を攻撃の対象にした。
「あなたは闘争圏外だ」と怒鳴りつけられた事もある。人間の尊厳を根本から否定された。
人事、医師、カウンセラー、同僚。ありとあらゆる手段を使ったが、状況は好転しない。
そして、休職勧告を受ける。
自力で、うつ病で休職した人のための「リワークプログラム」を見つけ出した。

腕の確かな医師と、優秀で心温かい心理士などのスタッフ。そして、復職を目指してプログラムに参加する多種多様な経歴を持った老若男女の仲間ができた。

10ヵ月プログラムに通い無事復職。
新たな職場は、地味だが創業当時からある部署だった。戦後の焼け野原に先代が1人立ったその時の伝統があった。

2017年1月24日。
一切の診察が終了した。
私と同じく少し太めのドクターと、握手して別れてきた。

家に帰って、妻の手料理で一杯やろう。

縁してくれた全ての人に感謝して、

乾杯!