2018/10/26(金)


横浜スタジアムのロッカールームで荷物を片付けながら、彼は人目はばからず号泣していた。

愛するベイスターズで優勝したかった。
野球人生を全うしたかった。

あの日の涙から5年の歳月がたった。

今日、彼は一軍バッテリーコーチとして、5年ぶりに復帰することが球団から発表された。


1977年5月30日生まれ。
兵庫県高砂市出身の41歳。

神港学園高校から、1995年ドラフト5位で入団。

2004年に一軍に定着すると、相川亮二に次ぐ二番手捕手として活躍。

別れは突然やってきた。

2008年6月10日。
シーズン中に真田裕貴とのトレードでジャイアンツに移籍。

最下位に喘ぐチームは、タフネス右腕の獲得の代償として、彼を放出してしまう。

ジャイアンツ移籍後は、阿部慎之助の控えながらも、日本シリーズにも出場。

大きな舞台を経験し、着実に力をつけていく。

そして勝ち取ったフリーエージェントの権利。

2011年12月11日。
新生横浜DeNAベイスターズへの復帰を果たす。

トレードで放出された球団に、FA権を行使して、凱旋してきてくれたのだ。

相も変わらず下位に喘ぐチームにあって、正捕手として活躍。

時には激しく。
時には包み込むように。

栄光を知らない投手達を引っ張って行った。


そして、別れは再びやってくる。

2014年1月6日。
FAでタイガースから移籍した久保康友の人的補償選手となることが発表される。

男泣きに泣いて、愛する横浜を後にして、故郷の兵庫へ。

タイガースの入団会見では、満面の笑顔で抱負を語った。

もう涙はない。
あるのは古巣への闘志のみ。

彼の移籍後、ベイスターズはタイガースに勝てなくなった。

2014年から5年連続で負け越している。


藤浪晋太郎、呉昇桓らと抜群の相性も発揮。

2014年には、またもや日本シリーズ出場を果たした。

2016年オフに現役引退。

千葉ロッテマリーンズのファームコーチを務めた後、今日の復帰発表となった。

20年前、横浜が日本一の栄光に輝いた時、彼はまだ横須賀の選手だった。

愛する横浜に、3度目の入団。

捲土重来を期するベイスターズには、バッテリーの強化が最大の課題。

その豊富な経験と、熱き魂。
勝利への執念が、チームを栄光に導く。


我らは日々信じる
お前のバットが
勝利に沸く歓声
こだまさせる

横浜DeNAベイスターズ。
一軍バッテリーコーチ。
背番号74。
鶴岡一成。

日本一を横浜で成し遂げよう!

VICTORY is within US.