4/10
B4-3G
勝  井納
負  上原
S  山﨑


もつれにもつれたシーソーゲーム。
ベイスターズ1点リードで迎えた9回表。

東京ドームを揺り動かすヤスアキジャンプ。
轟き渡る青い大歓声。

受けるキャッチャーは嶺井博希。
亜細亜大学の一学年先輩にして、この日決勝タイムリーを放っている。

渾身の27球の大熱投が、大記録を手繰り寄せた。
プロ野球史上最速での通算100セーブが達成された。


2015年3月31日。横浜スタジアム。

「小さな大魔神になります!」

プロ入り初セーブを記録し、超満員のファンと最愛の母が見つめるヒーローインタビューで、彼は満面の笑みで叫んだ。


1992年10月2日生まれ。
東京都荒川区出身の25歳。

小学校3年生の時、両親が離婚。
姉とともに母と暮らすことを彼は選択した。
だが、大好きな父は少年野球のコーチだった。
練習に行けば父と会える。

野球が家族を繋ぐ絆だった。


帝京高校では、勉強との両立に苦しみ一度だけ野球を辞めると口にしてしまう。

その時、初めて母が涙を流した。
そして、高校に彼を送り出す。
監督とチームメイトが待っていてくれた。

「僕には、家族と野球しかない」
彼は母に一輪の花を買い、誓いを立てた。


「4年後、ドラフト1位でプロに行く」
亜細亜大学でも、良き指導者、素晴らしい仲間たちと切磋琢磨して実力をつけていく。

2014年10月23日。ドラフト会議。
横浜DeNAベイスターズが1位指名。

初任給で彼は母に「19万円」を贈った。


「良いことも悪いこともたくさん経験して、今のピッチングにたどり着いた。クローザーは、僕のいきがいだ」(「約束の力」飛鳥新社)

「『あぁ、僕はこんなにたくさんのファンの声に後押しされて投げているんだ』って、見入った時は涙が出てくる。そして、『ヨシッ、明日からまた頑張ろう』っていう気持ちになる。本当、ファンのパワーはすごいと思う」(同)


チームメイトと共に。
ファンと共に。
ファミリーが一丸となって。

成長するストッパー。
我らの守護神。
そして、100万ドルの笑顔。


横浜DeNAベイスターズ。
背番号19。
山﨑康晃。

ペナント目指して、熾烈な戦いが続く。
彼は今日も腕を振り続ける。

VICTORY is WITHIN US.