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B3×-2D
勝 山﨑康
負 岩瀬
同点で迎えた9回表。
ノーアウト満塁の大ピンチを、ストッパー・山﨑康晃が耐え抜き掴んだ9回裏サヨナラのチャンス。
ハマの背番号5がプロ入り2回目となるサヨナラヒットで勝負を決めた。
背番号5のサヨナラヒットと言えば、思い出す試合がある。
1998年7月14日。
横浜スタジアム・ジャイアンツ戦。
リードして迎えた9回表のマウンドには、大魔神・佐々木主浩。
この日も完璧なピッチングでゲームセットと思った瞬間、名手・石井琢朗がまさかのエラー。
あるはずのなかった9回裏の攻撃へ。
見事にサヨナラヒットを放った石井琢朗は、試合を決めた喜びと、エラーをしてしまったふがいなさに人目はばからず涙した。
翌日は0-7から追いつき、松井秀喜、清原和博、高橋由伸にホームランを浴びながらも、佐伯貴弘の伝説の打ち直しホームラン、波留敏夫のサヨナラヒットで連日のサヨナラ勝ち。
ここから、38年ぶりの優勝へチームは驀進していった。
真夏の横浜スタジアムは、何かが起こる。
「俺の中では、やっとそういう選手が5番つけてくれたなあって」
現在はカープの一軍打撃コーチを務める石井琢朗は、感慨深く語った。
1991年1月7日生まれ。
神奈川県茅ヶ崎市出身。
7歳から野球を始めた彼の憧れの選手は、石井琢朗。
いつかは、横浜スタジアムで石井選手のように活躍したい。
少年は夢を心に抱き、猛練習に明け暮れた。
横浜高校では、1学年下の筒香嘉智とともに甲子園ベスト4。
創価大学では、同級生でスワローズのエース・小川泰弘とともに大学選手権ベスト4。
だが、プロからは声はかからなかった。
「ここでダメなら、野球を辞めよう」
腹をくくって入社した日本新薬では、ルーキーイヤーからレギュラーに。
都市対抗野球での大活躍がスカウトの目にとまり、2014年ドラフト3位で憧れのベイスターズのユニフォームに袖を通した。
「背番号5、空いてるぞ」
前年、森本稀哲がライオンズへ移籍していたこともあり、琢朗ナンバーが空いていた。
もし仮に、大学4年時にベイスターズから指名受けていたとしても、彼が背番号5を背負うことはなかった。
ここに運命的なものを感じる。
石井琢朗たちマシンガン打線は、38年ぶりのチャンピオンフラッグを横浜にもたらした。
2017年。
彼が9番打者として、不動の遊撃手として、チームを19年ぶりの栄冠に導く。
今のベイスターズは、壁を乗り越え、成長し続ける若いチーム。
だからこそ、応援のしがいがある。
かっ飛ばせ
見せろ男意気
さあ打つぞ
勝利に導け
横浜DeNAベイスターズ。
背番号5。
倉本寿彦。
2017年の背番号5が、奇跡を呼び寄せる。
THIS IS MY ERA.
