義母。令和2年3月4日。享年88歳。
さすが義母。数字まで美しく整えている感がある。
義妹が、
施設に義母が遺影にしたいと言っていた写真があると思う。というので、
5時半起きで6時に義妹を乗せて家をでる。
義妹がごそごそ探しても、写真は見当たらなさそうだったが、
義母が亡くなった後、皆に渡すように言われていたらしい手紙類やら、
まだ残っていた貴重品なんかをまとめて紙袋に入れていた。
車できたついでに荷物をまとめてあった紙袋をいくつかつんだが、
肝心の紙袋を忘れてきたというので、
ため息がでた。
しばらくして、
住職が枕経をあげに来て下さり、
通夜と告別式をあらためてお願いする。
時間があったらとりに(忘れてきた紙袋)行こか?
と言われたが、それはない。と内心思う。
そうするうちに、
会館の方が打ちあわせに来られて、
最終の詰めをするのに立ち会った。
結局、遺影の写真は、60代後半、結婚式に出席したときに
義父と共に写真館の人に撮ってもらったものを使うことにした。
バッチリ化粧して美しく整えているので、
今とギャップは感じるが、
美しくいることが大事な義母らしいとも思う。
(実は、使ってほしい写真はまさにこれだったことが後でわかる)
打ち合わせ後、私が昼食をつくっていたら、
息子の合格がわかり、飛び上がって喜ぶ義妹。
(忘れた紙袋を)電車とバスでとりに行ってこようかな。と言っていたが、
それよりも、
息子の件でスマホにむかうのに忙しくなった。
昼食後、
着物に着替えおわったころに、
自治会の方が3人、代表で手を合わせに来て下さったり、
偶然近くの美容室にいた叔母のところに母からの電話が入って義母のことを知り、
「これは呼ばれた思って。」と言ってかけつけてくれたりして、
あっというまに会館へ向かう時間になってしまう。
会館についたら、
湯灌の儀をして納棺。
命のぬけた肉体を清めて、オイルをぬって化粧して・・・
まわりに義母の存在を感じられるものだから、
抜け殻になった肉体を見ながら不思議な感覚がした。
主人の祭壇を選んでいるのに、
わたしのときはこれがええ。
とカタログ好きを発揮していた義母を思い出す。
10人ほどだけれど、
ご希望通り、花いっぱいの花祭壇にした。
ちょっとさみしい通夜式ではあったけれど、
喜んでくれているかな・・・とも思う。