義理の母と私、一緒に住んでます

義理の母と私、一緒に住んでます

夫を急性心筋梗塞で亡くして、もうすぐ5年。
同居し続けている義理の母との出来事を日々綴っていきます。

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先週の水曜日、

 

義母の百箇日だった。

 

 

 

義父の時も、夫の時も百箇日の法要はしていないので、

 

するつもりはなかったが、

 

 

 

義妹が、ラインで

 

『満中陰の法要の断り』をいれてきたときに、

 

『次の100日、初盆には行きたいです。』

 

と、書いてきていたので、

 

 

 

法要はしなくても、来て、

 

義母のものを片づけてくれるといいな・・・

 

と思っていた。

 

(顔見るたびに片づけは私がするからと言っていたものだから、

 

さっさと片付けたいけど、まださわっていない)

 

 

 

 

 

義妹にとっては不要不急のことのようにしか思えないので、

 

100日は来ないだろうなとは思っていたが、

 

 

 

『・・・職場から、

 

今月いっぱい県外移動自粛要請がきていて、

 

100日法要行けなくなりました。

 

すみません、宅急便でお供え送ります・・・』

 

 

とラインがきた。

 

 

 

義妹と仲良くしたい気分にはなれないし、

 

コロナは終息しそうにないし、

 

ずっと来ないんじゃないか・・・

 

 

 

 

 

 

 

義母、享年88歳。

 

 

満中陰の法要が無事すんで、祭壇も回収され、

 

一段落した。

 

 

義妹は、関東圏に住んでいるので、

 

結局、苦渋の選択などといって、

 

来ないことに決めて、

 

お供えとご仏前を送ってきた。

 

 

 

緊急事態宣言が出る以前から、

 

万が一といって来なかったので、

 

来るはずはないか・・・

 

 

 

結局、

 

葬儀後は一度も来なかった義妹。

 

 

 

友だちから、

 

○○さん(義妹)から満中陰志が届いたと電話がかかってきたが、

 

名前は義妹でも、私がしてますから・・・

 

という話だ。

 

 

 

毎週のお参りも、

 

ほぼ私ひとり。

 

 

 

満中陰も娘と二人か~

 

と思っていたが、

 

たまたまコロナのおかげで休みになっていた妹が、

 

母と姪(娘)をのせて3人で来てくれたので、

 

ありがたかった。

 

 

 

 

神がいろいろと采配してくれているんかな~

 

 

すべて、うまいことやってくださいね~

義母享年88歳。

 

 

生前中お世話になっていた主人のいとこ(義父の姉の娘)に電話をかけた。

 

 

義父の姉が亡くなって、

 

義母のかわりに法要に行ったとき以来、会っていない人だ。

 

 

義妹とも仲良かったと思っていたが、

 

縁遠くなっているというので、

 

私が電話をいれた。

 

 

義父の姉が亡くなった後、

 

義父と義父の姉でもっていた土地の相続のことを電話で話したのが

 

最後だったかな・・・

 

 

主人が生きていたころには、

 

一緒に主人の会社の保養所にでかけたり、

 

義父と義母を旅行に連れて行ってくれたりしていた方だ。

 

 

竹を割ったような性格で、

 

愚痴も言うが、世話好きで心配りのある人だった。

 

 

電話をいれたら、

 

娘が、最近ラインのアイコンを変えたのまで気づいてくださっていた。

 

(娘は主人の携帯番号を引き継いでいるので)

 

 

主人が亡くなってしまってから縁遠くなってしまっていたが、

 

(義妹のここの土地半分もらう発言から)

 

義妹が相続した義父の土地のことも気になったし、

 

義母の亡くなったことも伝えておこうと電話したのだ。

 

 

 

義父の土地は、

 

義父の姉が亡くなった時に相続を進めることになり、

 

私が、義母と私と娘の放棄書類を整えるのに走り回って、

 

義妹に相続してもらった。 

 

(夫もなくなり、私と娘には縁もゆかりもない土地だったからだ。)

 

 

その後、

 

整地するのにかかった100万の費用を義母に請求していたところまで知っていたが、

 

あとは、どうなったか知らなかった。

 

 

 

今日、主人のいとこに電話して知った。

 

 

 

なかなか売れない土地だと聞いていたが、

 

(義父が義父の姉と共同で20年以上固定資産税だけ払い続けていた)

 

それを、主人のいとこが苦労して売ったそうだ。

 

もう3年になるとか・・・

 

 

 

義妹はその半分を手にしているということらしい。

 

 

それ以来、義妹とも音信不通になっているそうだ。

 

 

 

土地が売れた話は、一言も義妹の口からは出てこなかったし、

 

気にかけもしていなかった。

 

 

おかげさまで、売れました。

 

ありがとう。って言ってくれてもいいのに・・・

 

 

損した話はバンバンしてくるのに、得した話はおくびにもださない。

 

 

なんか、縁きりたくなっちゃった。

 

 

けど、私の鏡???

 

もどかしいなあ・・・

 

 

 

 

義母が亡くなってもうすぐ1ヶ月。

 

 

義母の中陰四七日の法要の日、

 

義妹は、年金事務所に18時の予約を入れたので、

 

こちらに来る予定だったが、

 

コロナウィルスの影響で来るのを取りやめた。

 

 

年金の手続きは、

 

こっち(関東)でも出来るみたいだから。

 

とのことだ。

 

 

帰って来るのにあわせてやる予定だった満中陰志のお返しも

 

義妹の名前で私が準備することになった。

 

 

そして、

 

娘も先週から自立支援施設に行きはじめたことから、

 

ひとりさみしく住職をむかえることとなった。

 

 

 

市からは、『相続人の指定届出書』が届いた。

 

忘れていた現実だ~

 

と思う。

 

 

満中陰のときにでも

 

今後のことを義妹のご主人も同席のうえで話し合いたいと思うので、

 

よろしくお願いします。

 

と連絡しておく。

 

 

弁護士目指す知人と話したが、

 

やはり、

 

土地の半分をお金で処理する形になるのではないかという結論になった。

 

 

 

それでも、土地は半分もらう。

 

と言い続けるのだろうか…義妹。

 

 

 

 

 

 

義母が亡くなってから2週間になる。

 

 

相続の関係は全くノータッチでも、

 

満中陰法要までの毎週の中陰法要以外にもちょこちょこ用事がある。

 

 

 

義妹にも頼んでいて、渡された手紙の束にも数度書かれていた、

 

長い間お世話になった主治医の先生へのお礼の品を届けること。

 

 

 

施設入所後の主治医の先生への支払いと薬局への支払い。

 

 

 

お位牌の戒名入れの依頼。受け取り。

 

 

 

 

すでに注文されているコープ商品を受け取りに

 

入所していた施設へ行くこと。

 

 

 

最後の商品は、

 

亡くなる3日前に施設を訪れた時に書いていて、

 

亡くなる前日に発注されたものだ。

 

 

先週は、

 

「海苔の佃煮」二瓶と「かぶのつけもの」と「ちりめんじゃこ」だった。

 

 

そして、最後はお菓子だった。

 

「俵屋吉富の久寿湯」「松鳳庵かねすえのわらび餅」「ブランカのマドレーヌ」

 

 

最後がお菓子というのも、義母らしい。

 

 

くず湯とマドレーヌは30日に来る義妹に持って帰ってもらえるなと思いながら、

 

お供えしておく。

 

 

主人の時もそうだったが、

 

家で毎日顔を見ない期間を経て亡くなったので、

 

居なくなってしまった感があまりない。

 

 

肉体はなくなってしまったけれど、

 

魂は死なないので、

 

まだそのへんにいるんだろうけれどね。

 

 

 

線香はたくさんあるので、

 

いらないというように。と数度手紙に書いてあったが、

 

ことがすんでから読んでも意味がない。

 

 

 

生きているうちに話し会っていた方がよかったんじゃないか?

 

と思うことも多々ある。

 

 

 

手紙、生きているうちに渡した方がよかった。

 

と、

 

いま思ってないかい?