就職希望の子たちに、なんでこの仕事をしてるかって話をしてて、
「私は本当は中学校の先生になりたかったんだけど、試験に落ちて、そしたらこの学校から声かけてもらって今に至るんだよ。」
っていう話をしたら、
「先生は悔いはないの?毎日楽しい?」
って聞かれたので、
「悔いはないね。すごく楽しい。」
って 言ったら、
「うん、先生毎日楽しそう。先生に出会えて良かった。」
だって。
胸キュン。
おつりが来ちゃうような言葉だね。
震災から間もなく半年。
もう半年か。
早すぎない?
時間の流れ。
あんなに衝撃を受けたのに。
もうすっかり普通で。
震災の話題すら、だんだん出なくなっている。
それでも、明らかに自分の中の価値観が変わっていることに時々気付く。
遣り残すことの、ないように。
人生一回しかなくて、しかもいつまで生きてるかなんて分からない。
自分もそうだし、周りもそう。
大切な人たちが、いつ自分の周りから消えるか分からない。
自分が、いつその人たちの前から消えるか分からない。
命は、有限だ。
例えばなんの災害に遭わなくても、間違いなく私たちは死に向かって生きている。
昨日より今日、今日より明日、確実に人生を終えている。
1日24時間で、人生80年生きたとして、残された時間はどのくらい?
24×365×(80-30)=438,000
だって。
あと、438,000時間。
これを分に直すと、
1日が1440分×365日×人生残り50年=26,280,000分
2,628万 分で、人生が終わります。
多いのかな。少ないのかな。
でももうこうやってブログなんて書いてる間に、26,279,999分とかになっていく。
確実に、カウントダウン。
私は35歳までに目標に向かって踏み出そうと思っているけれど、じゃあ35歳まであとどのくらい?
24時間×365日×(35-30)年=43,800時間
そのうち睡眠時間6時間として、それを除くと、
6時間×365日×5年=10,950時間
43,800-10,950=32,850時間
活動できる時間は32,850時間。
32,850時間後にはもうある程度形になってなきゃいけないわけだ。
ピンと来る数字じゃないけど、でも数えられちゃうくらい少ないってこと。
だから、ね。
動かなきゃ。
自分の中で悶々と悩んでいても風は起こらない。
小さくても、何か動くことで風が生まれる。
そしてその風がどんなに微力でも、風紋は発生するのです。
と、私は信じている。
バタフライ効果ってやつね。
もちろん、立ち止まって考えることも必要。
考える。
計画する。
動く。
動くかどうかの基準は、
「これをやらないで死んでも後悔はないか」。
ただし、このペースが自分だけのものであるってことに、最近気が付いた。
生き急ぐ、私みたいなのもいる。
でも、のんびりじっくり、失敗のないように生きる人もいる。
どっちが正解、じゃない。
価値観の違い。
なんでもいいんだと思う。
自分が納得できれば。
私が目標としている「自分を使いきって死ぬ」こと、と、「自己中心的に傲慢に生きる」ことは紙一重だ。
ちがいをうまく説明できないし、多分本当は表現がちがうだけで、本質は同じなんだろう。
強いて言えば、
他人になるべく迷惑をかけないこと。
他人を自分に合わせようとしないこと。
他人と自分は違うんだと認識すること。
に気をつけるのが前者かな。
だけど迷惑かどうかなんて、ぶつけてみないとわかんない。
だから結局、後者と変わらないよね。
てゆーか、それも本当は、どっちだっていいんだけど。
無難に生きても、他人に絶対迷惑をかけないなんてできないし。
わがままに動いても、それが予想外に他人の役に立つこともあるし。
どこまでぶつけて、どこで引くか。
駆け引き能力、計算力=生きる知恵、そして自分じゃない人への思いやり。
これだ。
まあ、持論ですけど。
進路と文化祭が重なる3年生のこの時期は本当に辛い。
昨日今日と文化祭で出勤だったため、明日明後日はお休み。
久しぶりの休みだ~!
もういいってくらい寝よう。
そして来週は毎日面接の練習だ~。
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