とある番組を見ました。




めちゃくちゃ考えましたうーん



いろんなことを…




生きてること。


私という人間が、



この場所に


生きてること




おじいちゃん、おばあちゃんがいて


お父さんお母さんがいて


お父さんとお母さんが出会ったから


今私はここにいて…


おじいちゃん、おばあちゃんのずっとずっと上にも


たくさんたくさんの命がある。




そんな命のつながりの中に生まれてきた私は


家族、友達とか、出会った人全てに囲まれて


いろいろな刺激をもらって


私というヒトがどんどん成長していって


今の私になった。




ここにいるからこそ、出会えた人達。


その人々に出会えなければ今の私はいない。




別の命のもとにうまれたなら


別の場所に生まれたなら


別の人々に出会って囲まれていたなら


また違った私になったんだろう。




そんな風にどんどん考えていったら、


生きてることそのものが奇跡ゃなと


思いました。



生きている私そのものが奇跡のかたまり星



そんなことを考えた花

ケンカ=お互いの気持ちを言い合える機会



だと


そう思うようになりました。




今まで、私の中では


スカルケンカはしたくないスカル汗


できれば避けたい見猿


そんなモノでしかなかった。




だけど、


それだけじゃないと、そう思うようになった


ここ数年。




相手を傷つける言葉を投げつけるんじゃない。


自分の気持ちを投げつける。


思ってること、思ってきたことを素直に。


直球で。




意外と冷静に相手の話を聞いてたり、


感情的になって大声だしたり、


涙が出たり


言いたいことを上手く言葉にできなかったり


自分が矛盾してること言ってるのがわかるけど


相手の言うことを素直に聞けなかったり


イロイロあって、すんなり解決はしないけど





でも、後で一人で冷静に考える。


そしたらすっきり納得できることもある。





大事なのは、


時間を置いて一人ですっきり考えたことを


相手に伝えること。


うやむやにしちゃいけないって事。


ぶつけ合った後のこぼれだまを


お互い拾い集めて


一緒に持っておくこと。




言葉で伝えられなくても、


態度で示せたり出来ればいいなと思う。


伝えることが一番いいと思うけど、


ちょっと照れくさかったりする。


そんな表現が精一杯だったりする。




でも、何かしらの変化は


きっと相手に伝わるんだと思うんだ。


そうやって、ずっとずっと


付き合っていきたいと思うんだ。

考えたこと。


当たり前な事は


実は世の中に一つもないんじゃないかということ。


当たり前だって


慣れちゃいけない


って


いっぱい考えてたどり着いた結論。



当たり前だとやり過ごされることは
きっと、いっぱい。



人から当たり前だと言われてもいい。


だけど

私は忘れないようにしようと思っただけ。