星空


またしても「ネグレクト(育児放棄)」により幼い子どもが命を落とすという、惨い事件が起きてしまった。

しかも、当の母親は逮捕の際「長期間放置したら、どうなるかわかっていた。」と述べているという。

死ぬとわかっていて何の手立ても打たないというのは、もう立派な殺人である。

3歳と1歳という可愛い盛りの我が子をまるで物のように扱う母親。

どうしてこうも無残な行為に走るのだろうか。



ネグレクトに限らず「児童虐待」を行う親は、自身もまたその親から虐待を受けているケースが多いという(今回の母親も程度の差こそあれそういった環境だったのかも知れない。事実、そのような記事も目にした)。

これがいわゆる「負の連鎖」というもので、どこかでこれを断ち切らないとこういった「犯罪」に発展してしまう危険性をはらんでいる。

しかし、当事者(特に加害者)の側が虐待だと認識していなかったり、被害者である子どもが逆に親を庇ったりということもあるので、まず虐待の定義づけと認識および常識を明確にしておく必要があるだろう。

そのためには、マスメディアや行政等の啓蒙活動も大いに重要になってくる。

本来なら家族や隣人・友人との関わり合いのなかで自然と身につく「思いやりや優しさ」、「父性や母性」、そして、それらを表現する手段である「コミュニケーション(能力)」の構築が困難な現代社会において、こうした虐待問題は我々に警鐘を鳴らしているのかも知れない。

無関心ではいけない。自分を取巻くすべてのことに関心を持てと。

他人事でなく自分のこととして(想像力を持って)考えろと。



いずれにせよ、虐待は躾ではない。犯罪である。

我々はこのことを常に意識して対応していかなければならない。