今回は、私が夜勤を始めたきっかけについて書いていこうと思います
ちなみに始めてのPC投稿です。長い文章はこっちのほうが早い。
※PCのプレビューに合わせて改行しているので、PC表示ののほうが
見やすいと思います。
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私は高校を出てすぐに就職をしました。
なんとなく住んでいる地域から特定されそうなので高校に関しては
詳しくは書きませんが母子家庭であったことや、まあこれと言って
専門的に学んで生きたい分野がなかったことと相まって進路は就職と決めていました。
しかしこの年の就職率が悪い悪い。
求人も少なく就職はかなり困難を極めました。
ようやく決まった就職先、職業がIT企業。SE(システムエンジニア)
でした。なんとなくこの時点でお察しですね。
私は半年で鬱病末期まで到達しました。
まず味覚障害から始まり、食べ物の味がわからない(何を食べても
味が遠くで感じる、美味しくない)から始まり、食べ物が全く消化できず嘔吐が続く。
胃カメラで検査をしたところ消化器系に異常は無く、そこで自分の
職種を先生に話し、勤務状況などを詳しく説明、鬱病予備軍に
用いられるテストを受けて初めて発覚しました。確か、7月の始めでした。
しかし、ここが大きな間違いだったと思います。
低い就職率を掻い潜ってようやく就職した会社。辞めたくは無い。
抗鬱剤を飲みながら働きました。ここでさっさと辞めていればよかったのです。
朝起きて、会社に行くか、窓から飛び降りるか迷い、
通勤中地下鉄に乗るか、車道に飛び出すか悩み、
味のしない昼食を詰め込んでは吐き、
帰宅途中のトイレで手首を切って
、味のしない晩御飯を詰め込んで朝にまるで何も消化されていない
状態で全部吐き出す。窓から飛び降りるか悩む。
毎日毎日終電に飛び乗って帰り、休日も出社。自分の時間は皆無。
こんな事をし続けてどうなるというのか。
冬の初め、上司に仕事の手柄を横取りされ我慢の限界が来た私は、
上司(30代男性)と掴み合いの争いになった末、辞表を叩きつけ、
会社を辞めました。
腫れ物を触るように私に接する母も嫌になり、その日の深夜、
何も言わず家を飛び出す。行き先は、高校時代から仲がよく、
当時フリーターをしていた一人暮らしの親友のアパートでした。
友達は、昼間にアルバイトをしていて、私はしばらく落ち着く為にも
ただ誰もいないアパートで毎日何も食べず、床にうずくまって
これからのことについて考えたり、考えなかったりしていました。
携帯電話の番号は家を出る直前に変えていたし、落ち着くまでは
誰とも連絡を取りたくないと友人にも伝えていたので友人も私が
家に居候していることは誰にも言わずにいてくれたので、
しばらくの間、私は完全なる消息不明状態になっていました。
私が現実に戻るまで、私が想像していたほど時間はかかりませんでした。
今まで死にたい、今日が終われば死のう。今日乗り切れば全て終わる。
そう考えながら過ごしてきた日々から開放されて、考え方が変わってきました。
「どこかにもっと自分らしく、楽しく生きられる場所があるんじゃないか?」
そう思えるようになってきたんです。
時間がかかっても、何回場所を点々としても、生きていて探し続ければ。
そんな風に思ったのは、床と一体化して一週間くらいの短い時間が
経過してからでした。そこからの動きは早かったです。
とりあえず、床から起き上がりました。
改めて荷物を見て、必要最低限しか持ってこなかった生活必需品、
衣類を確認し、足りないもの、これから必要になるであろうものの
買出しと情報収集に出かけました。
私が自主的に動くのはトイレと薬を飲むだけだったのを見ていた友人は、
朝から突然起き上がり、シャワーを浴び、着替えて化粧をする私を
何故か爆笑しながら見てました。
「満とうとう動くかwwwwwwwwwwwww」
今まで黙って、そっとしておいてくれてありがとう。
街に出て買うものを買い(会社の人間に会うのではないかと
気が気ではなく相当オロオロしてました)、色んな地区の
アルバイト情報誌をかき集め、ネットカフェに入って色々な
職種の体験談を調べたり、私が機能停止している間に起きた
ニュースをネットや週刊誌で調べ、何とか今に追いつきました。
ちなみに私はアルバイトの経験がそれまでありませんでした。
しかも始めての職業がSEだったので、お金を扱ったことが無く、
接客もしたことが無く、物を売る、ということをした経験が
一切無かったんです。高校生以下の現実。
フリーターとしての生き方も相当調べました。
鬱病でも出来る仕事は何か、自分と同じような境遇の人たちは
どんな生活をしているのか、色々な掲示板、ブログ、HPを見て、
今から自分が生きてく上でどんな段階を踏むべきなのか。
結論は、なるべく早くアルバイト。でした。
正直、人間関係で痛い目に遭い仕事なんてしたくないし、
抗鬱剤で朝は起きられず、デスクワークで体力がない。
しかも栄養失調状態で健康診断で10代にしてC判定を
叩き出したこのボロボロの体で何が出来るのか・・・
でも、やらないことには始まらない。
朝10時に家を出て、帰ったのは19時過ぎ。
行きは身一つ帰りは大荷物で息切れしながら帰ってきた私を
友人はまたもや爆笑しながら迎えてくれました。
アルバイト求人誌を片っ端からめくる。
清掃業、コンビニ、居酒屋、ちょっとアレなバーまで。
夕方~、夜~で、自分でも何とか出来そうな求人に
印を付けまくりました。翌日の店が空いていそうな時間帯に
片っ端から電話をかけるためです。
「満、20個くらい印付けてるけどそんなにかけるの?」
「とりあえず、もう埋まっちゃってる可能性もあるから5個ずつ位いく。」
「それでも20個は・・・」
「落ちるかもしれないし、働いて無理そうならすぐ辞めるから。
辞めた後、まだ印をつけた店が募集をかけてたらそこにかけて
行けばいいと思ってさ。」
働いて無理そうならすぐ辞める。
でも私は3年間、ここで印をつけた店で夜勤として働き続けています。
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一先ず、私が社会人からニートになるまで、一念発起して
フリーターになるまでに起きた出来事はこんな感じです。
IT企業での出来事なども色々悲惨な感じであるっちゃあるんですが
正直あまり思い起こしたくないので書かないことにしました。
他にも、何故友人は私の居候を簡単に許しているのか?
結局今私は実家に戻っているけどすんなり戻れたのか?
等色々前後に出来事があるのですが、そこも追々書いていこうと思います。
とりあえず次はこの続きから。
ニートから夜勤開始までについて書いていこうと思います。
長い記事ですが読んで下さってありがとうございました。