先週末からの腰痛を引きずりながら起床した。湿布と妻のマッサージのおかげでだいぶ楽にはなっていたが、まだズーンとした重みが抜けきらない。加えて何となく風邪気味だ。軽いノドの痛みと全身の倦怠感。
カーテンを開けると外は雨だった。いかにも冬らしい冷たそうな雨である。この不快な目覚め、今にして思えば今日一日を暗示するものだった。
今日は早目に大掃除に着手しようと妻と打ち合わせていた。すす払いを頑張って、夜はご褒美にお寿司を食べようとのプランだ。
気合いを入れて、まずは障子紙の貼り替え。ひとり雨の中、ホームセンターに向かった。強度を重んじ、奮発してプラスチック製を購入。帰宅すると寛大が泣いていた。ボクが黙って買い物に行ったのが気に入らなかったようだ。
そうかそうかとなだめつつ、カンフーパンダのDVDを見せて機嫌をとった。
いざ貼り替え、と思ったところで、必要な両面テープがないと判明。購入した紙筒に同封されているものとばかり思っていた。仕方なくまたホームセンターへ。今度は寛大を置いて行くわけにはいかない。冷たい雨のなか傘をさして子供をチャイルドシートに乗せる作業は本当に大変。自分が濡れることなど気にしていられない。『テープは別売りです』って一言書いとけや!と愚痴りながら店に到着。ここで財布を忘れていることに気がついた。やるせない思い…。脱力感と自分への怒り。しかしどんなにイラついても、取りに帰らざるを得ない事態は変わらない。
何とか午前中に障子の貼り替えは済んだ。午後はエアコンのフィルター掃除を予定していたが、昼食後、背筋に悪寒がした。さっき雨に濡れたせいか、風邪の症状が強くなってきたようだ。妻に断って、二階で昼寝をすることにした。お笑いのDVDでも見ながら寝るかとテレビをつけるが、DVDプレーヤーが一向に無反応。ディスクを飲み込みさえしない。あらゆる策を尽くしたが、どうにもならなさそうな手応え。…なんやねんと愚痴りつつ、悪寒をこらえて説明書を探す。ようやく見つけて『故障かな?と思ったら』のページを開くが、該当する症状の記載は皆無。初期不良だ。また「でんきち」に電話をしなければ、そんな不快を胸にしながら昼寝に落ちていった。
目覚めると、雨は上がっていた。
体調もまぁまぁだ。午前中とは気分一新、フィルター掃除は次週に持ち越しとして、家族で買い物に出かけた。
スーパーマーケットまでの道中、ふといつもと違う道を通ってみたくなった。道沿いにある小学校時代の級友宅をのぞいてみたくなったのだ。極端に幅が狭く、両脇には田んぼが広がっているその道は、普通に考えれば車で入っていくようなところではない。
級友宅は閑散としていた。やはり不幸があったようだ。無邪気に遊び通った昔を思い出しつつ車を前進させると、その先のガードレールがどう考えても通過できる幅ではないことに気がついた。ガードレールの内側には無数のこすり傷がある。チャレンジして車体を傷つけた先人達の戦跡であろう。仕方ない、右側スペースでUターンしようとバックギアを入れた。ハンドルを切り、アクセルを踏んだその瞬間―。ガゴンッ!!今まで聞いた事のような衝撃と轟音が車内に響き渡った。「え?」と妻と顔を見合わせ、しばしの沈黙。もう一度アクセルを踏むも、車体は動かない。まさかと思って外に出ると、左前輪が見事に脱輪していた。
幸い横転するほど車体は傾いていなかったが、安全のため子供達を車外に出す。もう一度ハンドルを切りながらアクセルを踏みしめるが、車は微動だにしない。
途方にくれた。
犬の散歩で通りかかったおじさんが手を貸してくれたが、どうしても車体はあがらない。車は本当に重たい。
おじさんは行ってしまった。
いよいよ途方にくれた。
すがりつく思いで、近隣に住む地元の親友達に連絡をとった。4人の精鋭が集まってくれた。本当にありがたい。胸が熱くなった。
さらにそこに、通りすがりのトラックが狭い道を運転して入ってきてくれた。
横を走る県道から、困り果てているボクらの様子を運ちゃんが見つけてくれたようだ。
「ひっぱってあげるよ」と、手際よくワイヤーで車体同士を結びつけた。
ボクは運転席に乗り込み、バックギヤに入れながらハンドルを切る。
車体の前方では親友達が車体を持ち上げ、後方では見知らぬ運ちゃんがトラックで引っ張ってくれている。
人は人から優しくされたときに自分の小ささを学ぶという。
いつか脱輪している人を見つけたら、全力で力を貸そう。友達からSOSの一報を受けたら、脱兎のごとく馳せ参じよう。
車体は、見事に舗装路に乗り上げた。
バンザイ。
皆様本当にありがとうm(_ _)m
心から最大級のお礼を伝え、必要以上の安全運転で買い物を済ませ、家路についた。
それにしても今日は本当にトラブルが多い。朝から災難の連続だ。こんなにも重なるものだろうか。厄日としか言いようがない。
しかし、誰かがケガをしたり具合が悪くなったり、お金を失ったりしたわけではない。皆様には多大な迷惑をかけてしまったが、こうして健やかに家に帰れるのだから、この程度でよかったと思おう。そう妻と話しながら、自宅に到着した。
一旦買い物した荷物を下ろし、妻と子供らを残してボクは再び車に乗り込んだ。注文していた今夜のお楽しみ、寿司を取りに行くためだ。すると寛大がまた、「一緒にスシ行くぅ」という。泣き出さんばかりの勢いだ。仕方ない。もう一度寛大をチャイルドシートに乗せ、寿司屋に向かった。
出発3分後。
信号待ちをしていると、寛大が「のどが何かヘン~」と言う。何ごとかとか振り返った瞬間、寛大は思いっきりゲロを吐いた。
終わらない悪夢。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
車を左に寄せてハザードを点灯し、ティッシュを掴んで後部座席へ移動した。出るわ出るわ、寛大は胃のなかのものを全て吐き出した。幸いシートは汚れずに済んだが、寛大の洋服は汚物にまみれた。
今まで一度たりとも車酔いなどしたことの息子がなぜ?
なぜ今日なのか?
なぜ今なのか?
もはや厄日という言葉では片付けられない災いの連鎖。思えば今日のボクは、目覚めの瞬間からすでに不吉な運命の螺旋にからみつかれていたのかも知れない。
自宅に戻り、寛大を妻に任せた。胃がスッキリした寛大はまたしても「いぐぅ~」とグズッたが、問答無用で風呂場に直行させた。
再び、寿司を取りに向かう。とにかく事故らずに帰宅する、それだけを心がけた。
夜、家族で食卓につき、寿司を囲んだ。こうしているのが奇跡のように思えた。
妻は「今日はもうこのお寿司で厄払いだ!いや、むしろお祝いだ!」と言ってビールを注いでくれた。いい嫁だ。
大掃除のねぎらいのはずが厄払いになったが、寿司はうまかった。今日1日を噛みしめながら味わった。
いつもよりサビが効いてる気がした。