一緒にいた仲間たちは、まなみと志井には気づいてなかった

きっと、凍りついていたであろう、俺の顔にも


『悪りぃ、ちょっと行きたいとこがあった。自分らで適当にまわっといて。俺はそのままホテル帰るから・・。』

なるべく動揺を隠して、仲間から離れた
後ろから何か叫んでるが、何も耳には入らなかった



今の俺なら、このくらいのことたいしたことではないのだろう

でも、あの頃は自分の夢とまなみが俺の全てだった

頭の中で言葉が溢れていた

『何故?どうして?俺の知らない奴って?何故?なんであいつが?まなみ?え?嘘だ?まなみ?どうして?あいつ?なぜ?知らない奴?何故?なぜ?ナゼ?なんで・・・!?』



気が、狂い、そう、だった



さっき見た光景以外、何も見えず


頭の中の言葉以外、何も聞こえず


ここがどこなのかも、わからず


どこに行こうとしてるのかも、わからず




俺は、一人だった


パリの華やかなシャンゼリゼ通りも、ちょっと路地を抜けるだけでその様相は変わる


気がつけば、俺はそんなところにいた

地図やガイドブックは仲間がもっていた
携帯も音声通話が国内で普及し始めたばかりで、海外なんてもってきていない

完全に迷子になっていた

夕闇に閉ざされた薄暗い路地裏には、ジプシーの物乞いがうずくまっている


当時は今よりはるかに拙い英語力、フランス語なんてわかるはずもない


どうしようもなく、孤独感が押し寄せる

潰れそうなくらいに



とりあえず、少しでもひと気のある方向へと歩いた



メトロの駅に着いたときは、心底安心した


ホテルに着いたときは、もう日にちが変わろうとしていた・・・



『みちゅ!どうしたのっ?心配したぞ』

ホテルのロビーで座っていた るみこ が駆け寄ってきた

『大丈夫、道に迷っただけ。心配ない、ただそれだけ・・・』

俺が疲れきった身体と頭で答えた
間違ってない。嘘じゃない。

ただ、迷ったのは物理的な道だけじゃない
それだけ

俺の顔を覗き込んだ彼女は

『何かあった?部屋まで行こっか?』


『ごめん、疲れた。シャワー浴びる』
俺は彼女を無視し、フロントで鍵を受け取り部屋にこもった







『なんであいつなんやっ!なんで俺やないっ!』
全開にした熱いシャワーから出る、硬いお湯を全身に浴びながら、俺は何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、叫んだ


一人部屋で助かった

すべてをぶちまけられる



あいつが良い奴なのは知ってる
浪人崩れで2つ年上の志井は頭が良く、話もうまい
仲間内でも俺とよく中心になり、みんなで遊びに行く計画を立てたりしてた



・・・良い奴だ

わかってる


だが、何故?あいつなんだ?


俺の知らない奴じゃなかったのか?


まなみは、嘘をついていたんだ・・・



今ならその気持ちもわかる
仲の良い俺たちが自分のせいで壊れるのが嫌だったんだろう

だが、何故?俺に見られるかもしれないところで?

それは今でも納得が言ってない

ただ、まなみも俺と同じ様に気持ちを抑えることができなかったんだろうってことは、理解できる



だが、当時の俺には無理だった

ひどく裏切られた気持ちだった

すべてを壊してやりたかった





シャワーからでて、煙草を吸いながら思い詰めていると、ドアをノックする音がした


『みちゅ、まだ起きてる?どないしたん?』

るみこ だった



ドアを開け、彼女を部屋に招き入れる


『ほんまにどないしたん?めっちゃ心配したんやで?ほら、「栗本っちゃん」になんでもはな・・・』



俺は るみこ を力いっぱい抱きしめた
加減なんか、できない

彼女の小柄な身体を、折れそうなくらいに、抱きしめた



『こらっ、みちゅ!だめっ!あかんよっ!』



その言葉で目が覚めた



『ごめん、栗本っちゃん。俺・・・』


意識せず、涙がこぼれていた

止まらなかった


止められなかった


『ごめっ、ごめっん、くりもっ、ごめっっ!うぅぁぁあ~~っ!』


床に崩れ落ち、まるで子供の様に泣きじゃくった


初めてだった

女性の前で、初めて泣いた

それも、あんな大声で



るみこ は、何も言わずにしゃがみこみ、俺を抱きしめてくれた

何も聞かずに、抱きしめて、頭を撫でてくれた


俺が彼女を抱きしめたような、力任せの乱暴なやりかたではない


やさしく、あたたかい、包み込むような抱きしめ方だった


彼女の髪と身体の香り、人肌に包まれる柔らかさとあたたかい心地良さの中、声をあげて泣き続けた








俺が次第に落ち着きを取り戻したころ


『なぁ、みちゅ!女の子をあんな力任せに抱きしめたらあかんで?もっとや・さ・し・く、せなな』

いつもの調子の るみこ の言葉に

『誰がぁ?「女の子」って歳やないやろ?』

立ち上がりながら、いつもの口調で返す
声が、震えてる


『女はな、好きな男の前ではいつまでも「女の子」でいたいねん』


・・・るみこ が俺に近寄り、もう一度
今度は力強く俺を抱きしめる


背伸びをして、俺の頬にくちづける
まだ涙の乾かない、俺の頬に・・・





『今日は・・・ここまで。明日、朝ご飯一緒に食べよね』



るみこ は笑顔でおやすみを言い、俺の部屋を後にした




るみこがしてくれたこと、その時の俺には何も残らなかった

るみこが告げた言葉、その時の俺には何も響かなかった



ただ、ただ、自分のことで精一杯だった

一つのことを除いて、俺の心はからっぽだった





あの時、るみこ のしてくれたことの意味、るみこ の言葉の意味をもっと真剣に考えていれば





今とは違う『今』があったのかもしれない