翌日、いつもと同じ朝を迎えた
昨日と違うのは、雨の予報だってこと
窓を開けると曇り空、雨は降っていない
天気予報では雨は朝のうちだけ 昼前からは晴れるらしかった
どうせ濡れることはないだろうと、コーヒーを飲み干した俺は、傘も持たずに家をでた
学校の最寄り駅につくと、本降りの雨だった
見込みは甘かった
こんな時に限って、学校に向かう仲間は一人も駅から降りて来ない
意を決した俺は、学校までの5分、走ることに決めた
『びしょ濡れやん、みちゅ』
濡れネズミになりながら到着した俺に声をかけたのは『栗本るみこ』
学校事務と実験助手をしている彼女は当時の俺より7つ年上
26歳の明るい姉御肌の女性
面倒見のよい彼女の周りには、野郎どもだけではなく、女生徒たちも集まってくる
俺とは家が近いこともあり、学校の内外でよくつるんで遊んでいた
だが、お互いに恋愛感情というものはない
彼女には短大卒業後、すぐに結婚した旦那がいる
仲のいい彼女と俺のことを仲間達からはこう評されていた
『面倒見のいい姉貴とやんちゃな弟』
そんな関係だった
『水も滴る、いい男、っていうやん?』
ジャケットについた水滴を払いながらいう俺に、
『確かにそうやけど、アホなこと言ってないの。ちゃんと拭かんと風邪ひくで?』
とタオルを投げてよこす
『それと、自分でいい男 とか言うもんやない。価値さがる!』
『さ~んきゅ、栗本っちゃん』
学生の間での彼女の愛称で呼び、応える
『早く教室いきよ?遅刻すんで』
俺は彼女とのこんなやりとりが、大好きだった
じゃれ合う姉弟のような会話が、大好きだった
午前の講義を終え、食堂で仲間達と昼食をとる
雑談の輪の中、まなみもいた
昨日と何も変わっていない
同じまなみだった
昼休みも終わりに近づき、午後からは実習の予定
煙草を吸いながら白衣を取りに行こうと考えていると
『私が白衣、取ってきてあげる。煙草吸いかけでしょ?実習室の前に掛けておくから、遅れずにおいでよ』
まなみは俺にもう少しゆっくりするように促し、足早に白衣を取りにロッカーへと向かった
俺はまなみの好意に甘え、ゆっくりと煙草を吸ってから、実習室へと向かった
実習室の前にはハンガーが備え付けてあり、そこに俺の白衣が掛けてあった
まなみが掛けてくれたそれに腕を通すと、左のポケットに違和感がある
ポケットに何か入っている
取り出すと、B6サイズの可愛らしいキャラクターが描かれたメモ帳だった
俺のじゃない・・・まなみだ!
ポケットからそれを取り出し、恐る恐る表紙を捲ると・・・
『ありがとう、、ごめ・・』
そこまで目に飛び込んできた時点で、俺はメモ帳を閉じた
読みたくない・・・
開けない・・・
午後の実習は散々だった
何も頭に入らなかった
簡単なピペットワークすら、ミスする始末だ
書かれた内容は判らないが、結果は判った
実習が終わるなり、後片付けもそこそこに俺は逃げるように学校を後にした
仲間達の声も無視して、バイト先のコンビニへと向かった・・・
青と白のストライプの制服に着替え、コンビニのバックルームであのメモ帳を取り出す
震えるてで表紙を捲り、
読んだ
『ありがとう、、ごめんなさい
みちゅくんが、私のことを気にかけてくれていたのは、ずっと前からわかってました。
私みたいな可愛くない女のことをなんで?って思ってたけど、いつも話しかけてくれる言葉や見せてくれる笑顔が、嘘や冗談じゃないってことを教えてくれてました。
私のことを好きでいてくれる、素敵な男性がいるってだけで、自分にすごく自信がわいてきて、何でもできる勇気になりました。
私、入学したときより、変わったでしょ?
全部、みちゅくんのおかげだよ
でも、私には今、好きな人がいます。
みちゅくんの知らない人。
諦めようとずっと思ってた。
自分には無理だって、、、。
でも、みちゅくんのくれた自信と勇気で、もう一度頑張ってみようと思うの。
ありがとう、、、ごめんなさい
ほんとはあの時、泣きそうなくらい嬉しかったのに、、、。
これで終わりにしないでね。これからも、みちゅくんの勇気をください』
メモ帳をそっと閉じた
今日は仕事にならないだろうってのはよくわかった
一学年が終わる前、俺の夢は終わった
まなみとも変わらない明日が続いていくことになった
未来は、やっぱり夢だった